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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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1460作草部神社(作草部町・千葉市)

2016.09.30 12:05|千葉県千葉市花見川/稲毛
【祭神】大雷神・大山祇神・高龗神・伊邪那岐命・伊邪那美命・事解男命・高皇産霊命・猿田昆古命・応神天皇・菅原道真・素戔嗚命・市寸島比売命
【由緒】明治四十三年十一月十一日、熊野神社・皇産霊社・道祖神社・子安神社・天神社・摩利支天社・疱瘡神社・駒形神社を合祀
【鎮座地】千葉県 千葉市 稲毛区作草部町897番
【拝路】京成線みどり台駅下車。千葉大の前を通り
1460CIMG9650.jpg
モノレールの下を通って、30分ほどで神社前
1460CIMG9652.jpg
社殿
1460CIMG9653.jpg
横から
1460CIMG9654.jpg
拝殿の神額
1460CIMG9655.jpg
帰りは競輪場の前を通り
1460CIMG9658.jpg
せっかくだから、一度入って、腹も減ったので何か食ってこよう。
今日は場外車券の日らしい。入場無料とのこと。結構人がいる。オジサンばかりである。
左手の食堂で昼飯
1469CIMG9656.jpg
味はまずまずでした。
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1085天満宮(横戸・花見川区)

2015.11.11 11:31|千葉県千葉市花見川/稲毛
【祭神】菅原道真 と思われる
【由緒】安永年間(1772-1780)の創立
【鎮座地】千葉市 花見川区横戸町
【拝路】国道16号の東側、下横戸公会堂の右隅に祀られている。
1085CIMG6815.jpg
梅の木が添えて植えられている。
1085CIMG6816.jpg
「満」の字が風化が激しい。満と読めそうなので天満宮としたが間違っているかもしれない。
東の方にちょっと歩くと田園地帯になる
雨上がりの小春日和が気持ちいい
1085CIMG6821.jpg

562天満宮(神明神社内 横戸・千葉市)

2014.07.03 11:10|千葉県千葉市花見川/稲毛
【祭神】菅原道真 と思われる
【鎮座地】千葉市花見川区横戸町926 神明神社内
【行程】京成勝田台下車。 南口からバスにて、こてはし方面。16号は相変わらず車が多い。
上横戸のバス停下車。
内回り方面に行きたいのだが、前にも後にも横断歩道も歩道橋もない。バス停の先に下に降りる階段がある。16号のこの付近は盛土で作られたようなのでトンネルがあるかもしれない、と思い、階段を下り左に進む。その先に田舎道と内回り方面につながるトンネルがあった。
上横戸の集落は、16号の喧騒がうそのように静かであった。
562CIMG2656.jpg
境内左奥に石祠が祀られている。天満宮は写真の左端か、左から三番目と思われる。他はそれぞれ古峯、八幡、猿田彦命と確認できる。
562CIMG2665.jpg
※文献71は天満宮の思い出を、文献75には天満宮の記載がある。

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233浅間神社(黒砂・稲毛区)

2012.11.15 14:30|千葉県千葉市花見川/稲毛
【祭神】木花之開耶比賣命・菅原道真霊・八衛比古命・八衛比賣命
【由緒】明治44年稲毛台鎮守の天神社を合祀(28)
【行程】京成千葉線の京成稲毛とみどり台の中間、海側にある。最寄駅はみどり台になろう。
住宅地の中にポッコリと社叢が見える。
233_4350.jpg
境内は段丘の端にあり、階段を上って段丘の上に行くという感じである。社殿の右手に境内社が祀っている。
233_4353.jpg
ここをよく見ると左から二番目に天満宮とある。(合祀の意味を改めて調べてみると、本殿で祭神を一緒に祀る本殿合祀と、境内に祀る境内合祀があるらしい。)ただ厳密に考えると、ここには菅原道真が二柱祀られているとも解釈されるのだが。
233_4355.jpg
境内社を背にして見る。右手が浅間神社の社殿になる。
233_4357.jpg


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143長沼原神社(長沼原町・千葉市)

2012.06.20 11:53|千葉県千葉市花見川/稲毛
【祭神】天照大神・菅原道真・二宮尊徳
【由緒】昭和二十三年組合の敷地内に建立。最初の神社は標柱を一本建てただけであった。二十五年頃、亥鼻山の護国神社の古宮を譲り受けて御社にした(348)。国道十六号の整備に伴って、現在地に移転、補償金で東京浅草の専門店で伊勢神宮の十分の一に正確に模写し新しい社にした。元の古宮は下横戸の第六天神社に移築(70、348)。神社の創建は神主の資格を持っていた川名貞治郎氏の役割が大きかったようだ(349)。祭神はわざわざ伊勢神宮まで行って分祀を頂いたようである(350)。道真公・尊徳を祭神に頂いた経緯は不明であるが、開拓の精神には適切な選択であったように思われる。
【鎮座地】千葉市稲毛区長沼原町212-1


これまで見たこともない風景である。鳥居の前に広がっている芝生の広場が、なんとも爽快である。
143_3395.jpg
境内の左手に石碑がある。
「昭和二十年八月十五日大東亜戦争の終結により復員外地引揚者 戦災者等が国策として行われた開拓に加わり帰農組合を結成し混乱せる社会の安定と国?食糧増産を祈念し速やかなる祖国再建を図る為下志津陸軍演習場に入植し荒野に開墾の鍬を下す昭和二十年曙 千高 池の辺 千葉農場の各帰農組合が合併して同愛組合もこれに加わり長沼原開拓農業協同組合??識し爾来本組合を中心に一致団結組合員の祖国愛と不屈の精神と倦まざる努力により二百餘町歩の荒野??拓し更に農業近代化諸施設を整え開拓事業完成の成??修めるに至った
とき たまたま時勢の推移に伴い開発地域の変貌あ??思い入植二十周年を記念しその業蹟を永く後世にと??る為組合員の氏名を刻し慈に開拓記念碑を建立する
昭和四十年九月十五日 篆額 千葉県知事 撰文 長沼原開拓農業協同組合」
篆額=てんがく 碑など上部に篆文で書いた題字

社殿は倉庫の中に納まっているようである。
143_3392.jpg
祭神と社殿
143_3393.jpg
二宮尊徳と菅原道真。勤勉と学問。うーん、日本の精神の象徴かもね。
文献「348 千葉いまむかし 並木啓次さんのお話 21 2008」にこんな写真が添付されている
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昭和23年の第1回開拓際の写真である。注目したのは後ろの右、中央、左の大団扇の絵柄である。
豊後梅鉢紋に見える

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142甲大神(宮野木町・千葉市)

2012.06.20 10:50|千葉県千葉市花見川/稲毛
甲大神=かぶとおおかみ。
【祭神】火産霊命、大穴貴己命、菅原道真、龍神稲倉魂命、猿田彦命、大山祇命、月讀命を合祀す
【由緒】 ・・・。江戸時代以前には当地に甲大神以外の小さな社祠が各地区に数多く御鎮座されていましたが、時代の流れに従い明治43年4月4日に、当神社に合祀奉遷され、同域内にお祀り申し上げています。・・・
・・・
【行程】住宅地の奥まった所を想像していたが、市道の沿いで角地にあり、木々が小さな森になっていた。
142_3384.jpg
参道の左手に案内板があります。
142_3391.jpg

境内には多くの古木があるが、このタブノキは一際大きい。
142_3390.jpg


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141熊野神社(小中台町・千葉市)

2012.06.20 10:20|千葉県千葉市花見川/稲毛
【祭神】速夫之男命、保食之命、菅原道真、伊邪那美命、事解男命、猿田彦命、素戔嗚命
【由緒】当時の都賀村字下田に鎮座していた天神社を明治42年1月26日この神社に合祀した。
【神紋】不明
【行程】住宅地の中に木々が鬱蒼と、そして、その背後に、木々に囲まれた小さな公園がある。昔の境内は相当広かったかもしれない。
141_3382.jpg
階段を登って、あるいは右手の公園の方からも参拝できる。
141_3380.jpg
紋章は確認できない。

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tag:総武線

46天満天神社(子守神社内 幕張・千葉)

2011.12.20 09:48|千葉県千葉市花見川/稲毛
【祭神】菅原道真
【由来】大正15年の市誌に境内社として、天満天神社の記載がある。イチョウの大木などを見ながら散策していると、神社の関係者と思われる年配のご夫人が、出てきたのでちょっと話を聞いてみる。昔、本殿の改築話があったとき、神庫を整理していたら、天神様のご神体が出てきたそうである。そのため、これをお祭するために、社殿を設けたとのことであった。大正15年だったそうである。天神の性格から、子守神社の外にしたと考えられる。余談であるが、「幕張」は「馬加」に通ず。元々子守神社は馬加城の跡地(三代王神社の北西あたり)にあり、永正五年(1508)当地に越してきたらしい。天満宮の創立は遅くても文政十年、1827年である。
【神紋】梅鉢 献灯に梅鉢紋が使われている
【鎮座地】千葉市 花見川区幕張町二丁目990番地 子安神社境内


幕張の子守神社を目指す。
本通りから、車一台が通れるくらいの参道が真直ぐ伸びており、その先に社が見える。

鳥居をくぐると、右手に駐車場があり、恐らくイベントでもない限り、車で来ても大丈夫だろう。
天神社は子守神社の手前、右手にある。
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子守神社に比べると、相当みすぼらしく見える。

隙間から内部をのぞくと、かすかに梅鉢の紋章が見て取れた。
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30分ほどいたが、ぽつぽつと数人の参拝者が訪れていた。
住宅地の真ん中にあり、名前も子守なので、結構、信者がおおいのであろう。
ただ、天神社に参拝した人はいないように見えた。
【追記】江戸時代、本社の神主さんが日記を残している(219)。これを追って読んでゆくと、「文政十丁亥年八月廿五日晴天 天満宮背像一体造立彫刻師江戸馬喰丁三丁目野村源光作也料金弐分壱朱也筆子中寄進」とある。すでに筆子が天神講のような活動をしていたとも考えられるが一応この年に奉斎が開始されたと解釈できる。その後天満宮の記載はしばらくないが、「天保十四、十五年一月廿四日天神講也」の記録が見える。

tag:京成線