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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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2305愛宕神社

2018.08.03 09:20|大分県豊後大野市三重町
【祭神】軻遇槌命・管原神二柱・宇気母智神
【由緒】字楠無礼・若山鎮座の管原神を明治13年合祀
【鎮座地】大分県 豊後大野市 三重町小坂1678番地


南北に細長く伸びた丘陵の、登りはやや急峻であるがやがてフラットな、景色が開けた頃に右側に楠牟礼観音の案内
2305CIMG6154.jpg
路の両サイドに、私が言う所の印(幟旗を固定する支柱)がある。この先が神社であろう
真っ直ぐ行って、右折れると正面に神社。楠牟礼観音は左手になる
2305CIMG6147.jpg
鳥居の神額
2305CIMG6148.jpg
社殿
2305CIMG6150.jpg
拝殿の神額
2305CIMG6153.jpg
社殿横から
2305CIMG6151.jpg

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1971小ケ倉神社

2017.11.10 11:00|大分県豊後大野市三重町
【祭神】倉稲魂命・大歳神・管原神二柱
【由緒】明治十七年、字ヨシ屋敷・瀬ノ口の天神社を合祀
【鎮座地】大分県 豊後大野市 三重町小田1352番地


県道のカーブする所に分岐がある。一度通り過ぎてしまった。
1971CIMG3701.jpg
車で行けるのか逡巡していると普通車が下ってきた。行けそうである。
坂道を上がると集落がある。庭先に男性がいたので神社を聞いてみると、道なりに右手の道を進むように行けばいいという。納骨堂があるそうだ。
相当、距離がありそうなので、車で進む。狭い道を数分走ると、左路肩に赤色コーン。台風や大雨の影響でがけ崩れや路肩の崩壊が至る所で見られる。その右手にお堂、これが納骨堂のようだ。車を道脇に突っ込んで歩きに。
そのすぐ先に鳥居。
1971CIMG3686.jpg
参道は、ほぼ稜線に沿っている。
1971CIMG3700.jpg
五分ほどで社殿に。山の頂上に建っている。
1971CIMG3691.jpg
神額
1971CIMG3692.jpg
この地域にあって、稲荷社は意外と少ない。
横から
1971CIMG3695.jpg
参道からの眺望。九重連山方面
1971CIMG3698.jpg
ほぼ東西南北を見渡せる。

1970鷲谷神社

2017.11.10 09:40|大分県豊後大野市三重町
【祭神】天照大神・管原神二柱
【由緒】明治十一年、1555宮山神社から分離。境内社天照大神と合併されていた字山門・竹ノ尾の菅原神を遷座。
【鎮座地】大分県 豊後大野市 三重町鷲谷


県道を戻る方向で山の方に。角地に車を置いて歩き。
1970CIMG3679.jpg
数分で神社前。山の傾斜地に石垣を二段に組んで社殿を立てている。
まるで城砦のような造りである
1970CIMG3681.jpg
横から
1970CIMG3682.jpg

1969有智山神社

2017.11.10 08:55|大分県豊後大野市三重町
【祭神】大山咋神・市杵島姫命・管原神二柱・天照大御神・伊弉那岐神・天水分神・国水分神
【由緒】明治八年、字天神・松ケ谷・宝河内鎮座の管原神を合併。その後明治十八年、一柱を字神明に分祀する。
【鎮座地】大分県 豊後大野市 三重町内山532番地


山上の神社には車道が通じているようだが、蓮常寺の薬師堂の右手に鳥居がある。
1969CIMG3670.jpg
鳥居の先に、相当荒れてはいるが、なんとか登れそうな参道が神社の方向に伸びているので歩いてゆくことにする。
左手は急勾配になって下の沢まで続いているが、崖にはなっていないので恐怖感はない。参道は落ち葉に覆われて途中見失いそうになるほど。
1969CIMG3671.jpg
中ほどから野仏が道脇に見られるようになった。社殿まで相当な数になる。
1969CIMG3672.jpg
10分ほどで社殿に着いた。
1969CIMG3675.jpg
写真は車道方面、北側からの絵になる。
【補足】分祀された祭神は松谷神社(管原神・火之迦具土神・伊弉那岐神)に祀られているようだ。ここより2㎞ほど南に松谷の地名あり。

1968天神社

2017.11.10 08:14|大分県豊後大野市三重町
【祭神】菅原道真
【鎮座地】大分県 豊後大野市 三重町山部字松1416番地


山部の集落へは県道35号を南下する方法もあったが、道路の状況が不明なので、国道326号から林道、なかよし林道と言うらしい、を経由して35号に入ることにした。結果的にこの方がよかった。

県道と林道の交差点に、鷲谷方面通行止めと看板が立っている。
右折して登りが続く。ヘアピンカーブを過ぎ、しばくして下りになる。

緩やかな下りが続く。路肩注意の赤色コーンが数本立って、行けるかどうか逡巡していると、右側を軽トラックが何事もないような感じでスウーッと行ってしまった。

行けるようだ、軽トラックに続く。出来れば話を聞こう。幸いなことに数百メートルほど走った後、左手の民家に入っていった。
降りてきた年配の男性から話を聞くことが出来た。神社はここの山手にあるという。

来た道を少し戻ると、山手の方に進む道があるのでそれを行くと突き当りに一軒家がある。そこから参道が山の方にある。昔はちゃんとした石段があったという。

礼を言って、引き返す。
県道から斜め左に道路が伸びている。
1968CIMG3666.jpg
突き当りに家が見えて、いきなり子犬が一匹。じゃれ付いてズボンの裾は泥だらけになってしまった。さらにもう一匹。
今日は一人と二匹での参拝となった。
1968CIMG3657.jpg
落ち葉で敷き詰められた参道を数分登り、西側から社域に入った。
社殿は南向きに建てられており、大きくはないが、神殿・渡殿・拝殿を備えている。
1968CIMG3659.jpg
正面側に敷地の余裕はない。
1968CIMG3661.jpg
拝殿の劣化が著しい。社殿に紋章は見当たらなかったが、
手水石に梅鉢紋。
1968CIMG3662.jpg
谷筋に朝の光が差し込んで朝霧が白く輝く。世界は冷たく清らかな空気に包まれている、
枯葉の積もった山道を、子犬はその動きを抑えきれない。
1968CIMG3664.jpg
二匹は県道まで付いてきた。
ねぐらまでは200mもあろうか。無事帰れるかどうか心配になる。
1968CIMG3668.jpg
サイドミラーに写った二匹。

1844白山神社

2017.07.25 09:23|大分県豊後大野市三重町
【祭神】藤原鎌足神・春日大明神・大白八幡大神・菅原神・市杵島姫命・応神天皇・少彦名命・崇徳帝・素戔嗚命
【由緒】明治九年丸山の菅原神を合祀
【鎮座地】大分県 豊後大野市 三重町大白谷1943番地


1843稲積社から、さらに県道を南下。狭い所もあるが初心者でもなんとか走れる。
県道の右下、北側に社殿
1844CIMG2789.jpg
横から
1844CIMG2793.jpg
ここは傾山登山口の一つらしい。
1844CIMG2795.jpg

1843稲積社

2017.07.25 08:58|大分県豊後大野市三重町
【祭神】倉稲魂命・菅原神・伊弉諾命・伊弉冉命・市杵島姫命・少彦名命・大山祇命三柱・高龗神・軻遇槌命
【由緒】明治九年轟の菅原神を合祀
【鎮座地】大分県 豊後大野市 三重町中津留389番地


県道45号を南下。中津無礼川を渡って稲積水中鍾乳洞に。ここの駐車場に車をおいて歩きに。先ほど渡った橋のすぐ南側に古い橋がある。その橋の脇を川沿いに上流方向に200mほど進むと社殿が見える。
1843CIMG2783.jpg
前から
1843CIMG2786.jpg

1842小津留神社

2017.07.25 08:06|大分県豊後大野市三重町
【祭神】品陀和気命・菅原神二柱・大山祇命・倉稲魂命・保食神・軻遇突神・大国主命
【由緒】「當社は元来八幡宮と奉称の処明治維新の際鎮座地銘に依て小津留神社と改称し奉り明治六年村社に列せらる御鎮座の由来は確証すべき社記存せざるも民間の一記録に依れば今を去る三百二十九年前後陽成天皇の慶長□□□二月十二日□平維盛の後盛改小津留妹尾に・・・」(境内の碑文より)。明治十七年、大平・谷川の天神社を合祀。
【鎮座地】大分県 豊後大野市 三重町小田1053番地


とにかく山深い所にある。地理院の地図では道が描かれていないが、下調べでは、北側から行けそうある。
県道のトンネルを抜けると左手に、標識
1842CIMG2781.jpg
左に、谷沿いの道を、緩やかに登って行く。
道は狭いが対向車もなく、防火水槽の標識まで来た。
1842CIMG2780.jpg
この先は厚い杉林、急坂で路面が濡れている。車を路肩において歩きにした。
杉林を抜け、坂が緩やかになって、右手方面の道が出てきた。
1842CIMG2779.jpg
方向的には右方面だが、とりあえず真っすぐ進んで、この先に右手に行く道がないことを確認。引き返して先ほどに道を右手に進む。
途中、落石があったりして、徒歩で正解だったかもしれない。正面の森あたりが目的地だろう。
1842CIMG2778.jpg
澤を横切って稜線に鳥居が見えてきた。
1842CIMG2770.jpg
社殿
1842CIMG2773.jpg

1585中玉田天満社(玉田・豊後大野市)

2017.01.05 14:46|大分県豊後大野市三重町
【祭神】菅原神二+三柱・大歳神・倉稲魂命・愛宕社
【由緒】元は字入来鎮座。明治十二年当地に移転。明治十七年字福寿庵の菅原神を合併。昭和五十年1584高簿天満社・水田愛宕社・才北天満社(おそらく本社)を合併。碑文の社号は中玉田天満社となっている。
【鎮座地】大分県 豊後大野市 三重町玉田才北1604


1585CIMG0990.jpg
鳥居の神額
1585CIMG0991.jpg
正面から
1585CIMG0992.jpg
横から
1585CIMG0993.jpg
鬼瓦の紋章
1585CIMG0994.jpg

1584高簿天満社跡(玉田・豊後大野市)

2017.01.05 14:40|大分県豊後大野市三重町
【祭神】菅原神三柱
【由緒】字小堤・ウソの菅原神を明治十七年合併。昭和五十年才北の天満社と合併し、廃社となった模様。
【鎮座地】大分県 豊後大野市 三重町玉田高簿2049番地


集落の北側、山裾に鳥居。
1584CIMG0983.jpg
石段はまだ足がかりがする。
登りきると左右に石灯篭
1584CIMG0986.jpg
正面あたりに社殿があったと想像される。藪が深くてここまで。
左手の石灯篭の裏に鬼瓦が置かれている。
1584CIMG0984.jpg
梅鉢紋が確認できる。
地理院の地図ではまだ神社マークが残されている。