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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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1170天満宮(杭全神社内 平野宮町・平野区)

2016.01.21 12:18|大阪府大阪市南部
【祭神】菅原道真公
【由緒】延宝元年(1677年)の創建
【鎮座地】大阪市 平野区平野宮町2-1-67 杭全神社内
【拝路】杭全=くまた。南から社殿に向かう。大楠を左に見て
1170CIMG7405.jpg
境内左側に撫牛が祀られている
1170CIMG7407.jpg
前から
1170CIMG7408.jpg
この近くに天満宮かと思って探したが見つからない。境内を一周したがそれらしきものはない。仕方ないので社務所へ行って尋ねる。地図を見せて頂いた
1170keidaizu.jpg
第三殿の右奥にあるようだ。礼を言って再度神殿の方へ。宮司さんは直接見ることは出来ないよ、とおっしゃっていた。
1170CIMG7412.jpg
右手の多少大きめの大棟の社が天満宮のようだ。
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1169赤坂神社(長吉六反一丁目・平野区)

2016.01.21 10:52|大阪府大阪市南部
【祭神】素戔嗚命尊二柱・菅原道真公
【由緒】明治五年字飼田の天満神社を合祀、現社名に改称。
【鎮座地】大阪市 平野区長吉六反1-14-24
【拝路】地下鉄谷町線長原下車。鳥居前
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社殿前
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横から
1169CIMG7404.jpg

1168楯原神社(喜連六丁目・平野区)

2016.01.21 09:57|大阪府大阪市南部
【祭神】武甕槌大神・ 大国主大神・ 孝元天皇・ 菅原道真・ 赤留姫命
【由緒】元は字楯原にあったが兵火に遭い現在地に遷座。元和年間(1620年頃)付近の天神社を合祀し天神社と称する。明治四十年神社整理を機に現在名に改称。
【鎮座地】大阪市 平野区喜連6丁目1-38
【拝路】喜連瓜破を下車し北上。この地域は昔のたたずまいがある。
1168CIMG7400.jpg
社頭
1168CIMG7394.jpg
ここは南側で西側にも参道あり。
紋章に天神社の痕跡がある。梅鉢紋が見える
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結構複雑な社歴、参拝者もポツポツ。社殿のシャッターチャンスを逸してしまった。

1167天満宮(生根神社境内 住吉二丁目・住吉区)

2016.01.21 08:42|大阪府大阪市南部
【祭神】菅原道真公 【通称】奥の天神
【由緒】社殿は江戸時代後期の建造物。御神体の木像は文明十四年(1482年)天台法主融円律師作
【鎮座地】大阪市 住吉区住吉二丁目3-15 生根神社境内
【拝路】ハイテクのバス停。バスが近づくとトップのバスの絵が点灯する。
1167CIMG7386.jpg
粉浜で下車し、東へ。この辺は住吉大社の北側に当たるようだ。それで奥の天神か。生根神社の社頭。
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天満宮は境内の左奥
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社殿
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横から
1167CIMG7393.jpg
紋章は星梅鉢紋が使われている

767桑津天神社(桑津・東住吉区)

2015.01.29 09:55|大阪府大阪市南部
【祭神】少彦名命【合祀】須佐之男命・□田昆古命・天児屋命・布刀玉命・天宇受賣命・奇稲田比賣命・經津主命・建甕槌命・野見宿根・菅原道真
【鎮座地】大阪府大阪市東住吉区桑津3-4-17
【拝路】上町線終点天王寺駅前で下車し、あべのハルカスを見上げる。
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近鉄南大阪線に乗り換え、河掘口(こぼれぐち)駅下車
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20分ほどで社頭に着いたが、参道は南の方に延びている。南端まで行って、一の鳥居前から。
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社殿
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766総合末社(阿部王子神社内・阿倍野区)

2015.01.29 09:00|大阪府大阪市南部
【祭神】天照大神・豊受大神・住吉大神・春日大神・金刀比羅大神・恵比須大神・天満大神・高良大神・由賀大神
【鎮座地】大阪市阿倍野区阿倍野元町9-4
【拝路】生根神社から東に向かう。高級住宅街を通る。大きな屋敷にブーゲンビリアのアーチ。
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30分ちょっとで鳥居前
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鳥居前の道は熊野詣での街道になるという。
境内に入り右手に社。
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扁額に祭神
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31新家天満宮(大阪)

2011.10.05 13:10|大阪府大阪市南部
【祭神】菅原道真・天照大神
【例祭日】10月17日、7月20日頃の祝休日
【由緒】創建年月は不詳であるが、太宰府に左遷のおり、叔母の覚寿尼に別れの挨拶に立ち寄られた帰りに平野川を船で下り、休息された所で、後年京都の北野天満宮の御分霊を勧請した由。社は「川べりの天神」と呼ばれて尊崇されていた。明治に入り、前項の菅原神社に合祀されたが、境内地は保存されていた。戦後昭和24年社殿を新しく造営し、祭神を菅原神社から遷移し、「新家天満宮」として再建された。
【神紋】梅鉢(神灯・屋根)【鎮座地】大阪市 平野区加美南5丁目3-25
【行程】30菅原神社をあとにし、歩道橋を渡る。
ここから相当歩かなければならないが、意を決して進む。住宅地と小さな工場がミックスしたようなとおりを進み、腹も減ったのでここで昼食。
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元に戻り、歩くと、左手に交番があったので道を聞く。この先の交差点を渡り、その先の道を右の方へ行くとあります。ただちょっと分かりづらいので、注意していってください。看板がありました。
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静かな境内でした。
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社殿はすっきりして落ち着いている。
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内部です。梅鉢が確認出来ました
130.jpg


より大きな地図で 天満宮散策 を表示

30菅原神社(加美・大阪)

2011.10.05 11:35|大阪府大阪市南部
【祭神】菅原道真
【由緒】平野区のHPには次のようにある。「もと天児屋根尊を祀り橘宮と称したが、のちに天神社と称して、菅原道真公を祀る。創建の年月は明らかではないが、鬼門除けの神として信仰を集め、境内の砂を持ち帰る風習があった。明治5年村社となり、さらに40年10月南鞍作村の無格社天照皇大神社、41年10月鞍作、新家村の村社菅原神社を合祀した。しかし、新家村の天神社は近時旧地に戻って独立した。神社奥には、鞍作、南鞍作、新家の三ヶ村を潤した三鞍作用水樋門の記念碑がある」
【例祭日】7月25日頃夏祭が催されているようです。
【神紋】梅鉢(神灯、瓦)【鎮座地】大阪市 平野区加美鞍作一丁目-5-17
【行程】関西本線、加美駅を出て、左手に社が見える。
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燈明の提灯のデザインがちょっと変わっている。
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菅原神社とありますが、本殿の中には天満宮とある
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関西本線と道路に挟まれた三角地帯にある
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紋章は剣梅鉢です。
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29瓜破(うりわり)天満宮(平野区・大阪市)

2011.10.05 10:40|大阪府大阪市南部
【祭神】素戔嗚尊・菅原道真・平維盛
【由緒】
 瓜破の歴史を記録し唯一現存する船戸録(元文元年、1736記)によれば、孝徳天皇の大化年中(645~649)当地に居住された高僧、船氏道昭が、五月晦日三密の教法観念の折、庵室に光る天神の尊像が現れたので、西瓜を割って霊前に供えた。道昭は朝廷に上申したところ方八丁の宮地を賜り、この霊像を祭祀して当所の氏神と崇め奉り、西の宮又は方八丁の宮と称したのが当所の起源であると記されている。
 当所の北部に牛頭大王を祀る社(祭神 素戔嗚尊、起源鎮座年月不詳)があって北の宮と言われていた。慶長年代(1596~1614)に至り公命によって北の宮を西の宮へ合祀した。寛永年間(1624~1643)に耕作の都合で集団移住し西川村(旧西瓜破)を形成し、そこに氏神として祀った天満宮(祭神 菅原道真 創立鎮座年月不詳)、さらに東北部に東の宮と称した小松大明神社(祭神 平維盛)があった。この社は、寿永年間(1182~3)平重盛に大恩を受けた源氏の武将湯浅七郎兵衛宗光が京都守護職として赴く際、当地にて重盛の嫡子、維盛が熊野浦にて入水の由を聞き及び追悼慰霊を営み、神領五十歩を寄進して宮居を建てたのが起源とされている。その後天和年間(1681~1683)当地本郷地、村民の熱意によって現今の地に勧請され氏神(小松神社)となる。
 以上の各社、社領地は、特に永生より大永年間(1504~1527)に亘る足利と細川の摂津河内の戦乱に被害を受けたが、村民は維持、興隆に努めてきた。明治43年には公命により各社は、当天神社に合祀され、昭和時代を迎えて村民の希望によって、再び各社に分霊鎮座された。
 現在社殿は、東面し流造桧皮葺、江戸末期の修葺で、境内末社として稲荷社(祭神 倉稲魂命、創立鎮座年月不詳)がある。
【神紋】梅鉢(幕、屋根)【鎮座地】大阪市 平野区瓜破五丁目4番19号
【行程】地下鉄谷町線の喜連瓜破駅を下車する。改札口で、忙しいそうな駅員さんに、申し訳ないけど、地図を示してきいてみる。「そこの2番出口を出て、左。そして???を左に曲がる」。地上に出てあたりを見回すとイメージした風景と違っていた。さて困った。駐輪場の整理をしているおじさん二人に聞いてみるが、知らないという。もう一度頭を整理する。当初、駅の南に出ると思っていたが、どうも北の方へ出たようだ。それならば、駅員さんの言うとおり、左、左で行けば言いようだ。しばらく車が行きかう道路を進む。右手にガソリンスタンドが見えてきた。おじさんがいた。聞いてみる。「知っていますよ。毎朝お参りして出勤しています」。こういう人が必ずいるんです。「この道をまっすぐ、信号3つ、4つ、いやまっすぐ行くとエネオスのスタンドがあるので、そこの交差点を左に行けば、突き当りにあります」。10分近く歩くといわれた通り、エネオスがあり、左折する。幼稚園を過ぎ、遠くにそれらしき樹木が見える。着きました。
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※2014/8/11;「もと瓜破の住人」さんから、瓜破(うりはり)ではなく「うりわり」です、とのコメントを頂きました。ありがとうございました。

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