FC2ブログ
08 | 2019/09 | 10
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
プロフィール

牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

最新記事

カテゴリ

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

検索フォーム

リンク

QRコード

QR

カウンター

2179熊川神社

2018.04.27 17:25|大分県竹田市(城原地区)
【祭神】管原神二柱・年神・稲荷
【由緒】元は尾崎天満社。古記に文政三年(1820年)社殿を作り替えた、とあるようなので創建はそれ以前ということになる。明治九年、久保の荒神社・梅木(山下とも)の天満社・後の歳神社・藤尾の瀧神社・向原の稲荷社を当神社に合併。同十三年社号を熊川神社に改称。
【鎮座地】大分県 竹田市 小川(大字)1516番地


国道442号の北側から小川の集落に入る。車を邪魔にならない所に置いて歩き。集落に入って、庭先に人を見つけたので聞いてみる。道なりに坂を下って、杉林の手前だと言う。と言うことは下り宮ということになる。

かなり下って右手正面に屋根が見えてきた。
2179CIMG5253.jpg
正面から
2179CIMG5256.jpg
向拝の陣幕には星梅鉢紋
2179CIMG5257.jpg



スポンサーサイト



2031高森神社

2017.12.23 08:19|大分県竹田市(城原地区)
【祭神】大山祇命・管原神二柱・大己貴命・高皇霊尊・木花開耶尊
【由緒】もともと字神園の山神社であった。明治九年下高伏の天満社・妙見の杵築神社・滝の下の産神社・森屋の天満神社を合祀。明治二十三年現在地の二つ石に新たな社殿を造営し遷座。社号を高伏の高、森屋の森をとって高森神社とした。
【鎮座地】大分県 竹田市 高伏(大字)35番地


県道47号から、西に折れて市道高森線に入る。道狭し。カーブ多し。ゆーっくり走って五分ほど。
右手、山の中に鳥居が見える。車を市道わきに置いて歩き。
2031CIMG4133.jpg
西側の道を登って、社殿横から境内に入る
2031CIMG4134.jpg
社殿は南向きに建てられている。境内の南端に鳥居
2031CIMG4135.jpg
この後は崖になっている。

1796相原天満社(下志土地・竹田市)

2017.06.23 11:16|大分県竹田市(城原地区)
【祭神】天神様
【鎮座地】大分県 竹田市 下志土知(大字)240番地付近


入口が分からず右往左往してしまったが、竹林と畑地の間に踏み分け道のような形跡。
1796CIMG2505.jpg
ここを道なりに進むと鳥居と祠が見える。
1796CIMG2503.jpg
鳥居の神額に天満社とある。

1793長田鶴神社(小川・竹田市)

2017.06.23 10:21|大分県竹田市(城原地区)
【祭神】高龗神・菅原神二柱・ほか9柱
【由緒】中園の御霊神社・山神の山神社・太田の山神社・尾方の嵯峨神社・尾方の天満社・シヤクエの天満社・ナル川の水神社・小長田尾の厳島神社・平の杵築神社・日向子の今宮神社を明治九年湯平の水分神社に合祀し、同十三年現社号・現在地に遷座。
【鎮座地】大分県 竹田市 小川(大字)686番地


国道442号から市道に入り北上。地理院の地図では途中から一本線になっているが道幅は十分ある。
右手、東側の小高い丘が社地のようだ。
1793CIMG2492.jpg
社殿前
1793CIMG2493.jpg
拝殿に1791木和原神社で見た同種の魚のパネル?が置いてある。
1793CIMG2494.jpg
枚数も同じ二枚。

1792鉢宮神社(福原・竹田市)

2017.06.23 09:14|大分県竹田市(城原地区)
【祭神】菅原神二柱・五十孟神・大己貴命・少彦名命
【由緒】元、奥の天満社と称す。明治九年、笹川の加来神社・菓栄の琴平社・穴井の漆島神社・中辻の天満社・内畑の漆島神社・屋敷の山神社を合併し現社号に。加来神社はその後個人宅に。
【鎮座地】大分県 竹田市 福原(大字)1439番地付近


国道442号から市道に入り北上。
東側の市道を進む。西側の市道の方が距離的に近いが、道が狭そうなので東側を選んだ。
鉢山集落入口の集会所前に車を置いて、ナビの方向に進んでみたが、たどり着けそうにない。左手下に草刈機で草を刈っている人、右手上の方に畑仕事の人。草刈機を止めてもらうのも悪いので、右手上の人に声をかける。訳を話すと、案内してくれるという。ご厚意に甘え後をついてゆく。空き地、庭先を抜け林の中へ。微かに参道と分かる階段がある。
1792CIMG2488.jpg
社殿前
1792CIMG2487.jpg
一人ではとても無理であった。礼を言ってここで別れる。
社殿には道真公と思われる座像が祀られている。
上部に豊後梅鉢紋が打ち付けてある。
1792CIMG2485.jpg
境内は1007花輪天満宮を思い出させた。

【補足】参考文献と合祀した神社の祭神
232 竹田市誌 第2巻 平成21年 竹田市誌編集委員会 /編   2009
352 〔直入郡,玖珠郡〕神社明細帳 明治23年 大分県立大分図書館 平成6年

字高巣(菓栄)の琴平社;祭神は五十孟神・大己貴命。
字穴井・中辻あるいた中畑か内畑(元文三戌午年四月勧請)の漆島神社;祭神はどちらとも少彦名命
字井ノ久保の天満社;祭神は菅原道真、宝暦二壬申年(1752年)八月廿七日勧請

232と352の記述には若干の差異がある。232を先に引用しました。


[漆島神社について]

漆島神社は本市の政所にも在った(352)。祭神は大己貴命・菅原道真公霊三座・応神天皇・武磐□□・大山祇命二座。道真公以外は村内各所鎮座を明治十一年合併。現在の状況は不明。

大字福原には51の小字が報告されている(232)。その中に、漆島・中辻・鉢山・中畑の小字地が見えるがどこに位置するかは分からない。さらに、大字福原には漆島姓は見当たらない、ことから血縁の氏神としての漆島神社の可能性は少ないであろう。

それにしても、いかなる所以で大分県のこの地域にだけ、三社の漆島神社があったのか、不思議である。

【修正】平成30年11月17日不明祭神を修正しました。社号は232に準拠しましたが、352には鉢山神社とあります。

1791木和原神社(城原・竹田市)

2017.06.23 08:45|大分県竹田市(城原地区)
【祭神】木霊神・稲霊神・大山祇神・倉稲魂神・伊弉諾命・伊弉冉命・大歳神・猿田彦命・高龗神・菅原神7柱
【由緒】元は孝神社。明治九年字蒲・後久保・柿木・山下・久保の柳井迫・和泉の柳井迫・原の天満社を合併。木原・和泉・原を取って現社号に改称。
【鎮座地】大分県 竹田市 城原(大字)669番地


国道442号から北側へ市道に入り道なりに進んで行くと右手に鳥居が見える。
1791CIMG2479.jpg
鳥居はコンクリの丸い筒に柱を差し込んだ造りになっている。
向拝のこの魚は何だろう?
1791CIMG2481.jpg
社殿横から
1791CIMG2484.jpg


1769舟津路神社(下坂田・竹田市)

2017.05.29 13:36|大分県竹田市(城原地区)
【祭神】武甕槌命・底筒男命・中筒男命・表筒男命・菅原神八柱・他多数
【由緒】明治初期の合祀の過程は複雑で、市史の記述ではよく理解できない。神殿に多くの御神体が奉安されているという。返蔵・深宇土・井手下・高地・赤熊・下鶴・辻・丸林の天満神社が合祀されている。
【鎮座地】大分県 竹田市 下坂田360番地


北側の市道から、南側の山の上の、木々の間にチラッと社殿らしきもの見える。が参道がどこか分からない。東側の狭い市道に回ってみたがこちらにもありそうにない。再度北側の市道に戻って、ゆっくり南下し、峠付近の左手に道を見つけた。方向から考えると、ここと思われる。林間を100mほど進むと鳥居が見えてきた。
1769CIMG2343.jpg
正面から
1769CIMG2344.jpg
市史に御神体の写真がある。束帯の胸に梅鉢紋が描かれているので道真公であろう。

1768深御所之神社(御祖神社境内 下坂田・竹田市)

2017.05.29 12:32|大分県竹田市(城原地区)
【祭神】菅原神二柱・倉稲魂命・罔象女命・伊弉諾尊・伊弉冉尊・天忍穂耳命・市杵島姫命・高皇産霊神・木花開耶姫命
【由緒】字神ノ木・巌石山の天満社を明治九年合祀。
【鎮座地】大分県 竹田市 下坂田1617番地 御祖(みおや)神社境内


市道わきに鳥居。その手前にしだれ桜と思われる大きな木がある。
1768CIMG2334.jpg
石段を登って社殿前
1768CIMG2337.jpg
左手の建物に社号が見える。
1768CIMG2339.jpg
中に道真公と思われる座像が祀られている。
束帯の胸に梅鉢紋が見える。

1767田上神社(福原・竹田市)

2017.05.29 11:55|大分県竹田市(城原地区)
【祭神】大日如来・歳神・水神・菅原神四柱
【由緒】明治九年、下渕・宇土・長迫・浦山の天満社を合祀。別名、金剛院神明社。
【鎮座地】大分県 竹田市 福原(大字)


国道442号の南側、市道に入ると、見上げる前方に社地が見えてくる。周囲は田や畑になっているので見通しはよい。
1767CIMG2329.jpg
この後は急な坂になっているので、これ以上下がれない。
社殿
1767CIMG2331.jpg
注)大日如来は牛馬の神とされている。本来この社は神仏習合の場であったが、廃仏毀釈で一時期個人宅に安置されていた。昭和47年ふたたび御神体として遷座安置された。

1766雉ヶ平天満社(米納・竹田市)

2017.05.29 11:30|大分県竹田市(城原地区)
【祭神】菅原神
【由緒】もともと天神久保の低地にあったものを現在地、雉ヶ平山に遷座。藩士が、米納の高石垣あたりを馬に乗って通ると決まって落馬するものが出る。占ってもらうと「低い所にいる神様の祟りだ」という。(よくある話だ)。そこで現在地に遷した。明治初期の城原八幡社への合祀令にも免除が許されている。
【鎮座地】大分県 竹田市 米納(大字)2180番地


雉ヶ平のバス停の東、カーブする市道の北側に参道がある。
1766CIMG2327.jpg
上りの山道を50mほど進むと社地が見えてくる
1766CIMG2323.jpg
横から
1766CIMG2325.jpg
床下の古い瓦に
1766CIMG2326.jpg
梅鉢紋