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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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2647伯太神社

【祭神】応神天皇・天照皇大神・比咩神・伯太比古命・伯太比咩命・小竹祝丸・天野祝丸・熊野大神・菅原道真・天児屋根命
【鎮座地】大阪府 和泉市 伯太町5


北側の市道から神社へ
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正面(西側)から
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2646黒鳥天満宮天神社

【祭神】素戔嗚命・饒速日命・菅原道真公・飛鳥部造黒麻呂
【由緒】「本社は伝承によると古く天平時代(八世紀)に遡り、この地域の発展に尽くされた河内国安宿郡奈加郷の豪族・飛鳥部造黒麻呂を祭神として飛鳥古家社(アスカコゲシャ)に祀ったのがはじまりといわれています。飛鳥部造黒麻呂は天平年間に、この地に来て池を築き、水を引き、田畑の開墾に努め、この地域の発展に尽くされました。
天平宝字三年(759年)和泉の国主となった大野朝臣広立が、その功績を朝廷に進言し、淳仁天皇が黒麻呂にその開墾地の一部を与え、また、住民は黒麻呂の徳を称え、氏の神として仰ぎ、この地に飛鳥古家社を祀りました。
(飛鳥の鳥と黒麻呂の黒から村名を黒鳥としました)
平安時代に一条天皇より天満宮に飛鳥古家社を合祀するよう勅が下り、この地は天満宮として、村民に崇められるようになりました。
そして、南北朝時代には天津神の素戔嗚命、饒速日命を祭神に合わせて祀り、天満宮天神社と命名し、鎮守の社、村の寄り合いの場所および村の盟約場並びに芸能の場として栄えました。
江戸時代、幕府の人身の神を氏神に見立てるという政策から当神社は菅原道真公を祭神とする菅原神社と名を変え、明治三十九年八月政府の神社合祀令の勅により明治四十二年、府中の泉井上神社に合祀されました。
この度、町会皆様のご尽力により黒鳥天満宮天神社を再建することができ、泉井上神社様のご協力により分祀に至りました。
平成十八年二月吉日」(境内の案内より 全文)

一条天皇(980-1011)であるから、西暦千年頃、道真公を祀るようになった、と解釈できる。天皇は好学であったらしいので道真公に思いをはせたとしても不思議ではない。
あるいは、当時は藤原氏の全盛期であったので、政治的な意味合いもあったかもしれない。
【鎮座地】大阪府 和泉市 黒鳥町二丁目5


和泉中央駅からコミュバスで黒鳥山公園方面へ
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バス停を下車し五分ちょっとで神社前
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拝殿の神額
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社殿横から
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鬼瓦の紋章
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2645唐国菅原神社

【祭神】菅原道真
【鎮座地】大阪府 和泉市 唐国町三丁目10


唐国のバス停前が神社
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横から
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本殿
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本殿鬼瓦の紋章
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梅鉢紋に見える

2538曽禰神社

【祭神】饒速日命・伊香我色雄命・素盞嗚尊・ 表筒男命・中筒男命・底筒男命・息長帶姫命
(合祀)菅原道真四柱・大山咋大神・天足彦神・二田物部神
【由緒】明治期に入って北曽根字大門の二田国津神社(天足彦神、二田物部神、菅原道真公)、明治42年(1909年)に、森の日吉神社(大山咋神)、千原の菅原神社・池上字中泉の池上神社・字上泉の上泉神社、南曽根字天神の菅原神社(菅原道真公)、北曽根の白山神社(白山姫大神)を合祀
【鎮座地】大阪府 泉大津市 曽根町1-4-12(旧北曽根字天神)


明治3~40年頃のこの地域
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中央が本社で、二田・千原・池上に神社がある。池上曽禰遺跡の本格的な発掘は大正以降になる。
神社は遺跡の北西側にある
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社殿
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本殿の鬼瓦の紋章は星梅鉢紋になっている
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【補足】二田国津神社(二田町二丁目8付近)跡地には石碑が建っている模様。管原神の柱数に千原町の分は入れていない

2537菅原神社

【祭神】菅原道真公
【鎮座地】大阪府 泉大津市 千原町二丁目19-12


第二阪和国道を渡って住宅地に入る。
角地に千原町の公民館があり、その隣が神社になる
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神社の境内に公民館を建てた、と言った方が正しいかもしれない。
社殿
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鬼瓦の紋章
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拝殿の神額
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【補足】いくつかの資料では、本社は曽禰神社に合祀されたとなっているが、これは形式上で、実際は社殿をそのまま残しているように思える。


2536信太森葛葉(しのだのもりくずのは)稲荷神社

【祭神】宇迦御魂神・大己貴命・大宮姫命・素盞男命・猿田彦命・若宮葛ノ葉姫・保食神・(菅原道真四柱)。
【由緒】明治42年(1909年)1月 泉北郡信太村大字中字茶の木原の村社「菅原神社」・大字富秋字堀の内の同「菅原神社」・大字舞字村の内の同「菅原神社」・同大字々東村裏の村社「菅原神社」を合祀。
【鎮座地】大阪府 和泉市 葛の葉町1-11-47


JR北信太駅を出るとすぐに大きな鳥居が建っている
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鳥居をくぐって左に折れると、道の向こうに赤い鳥居が建っている。
駅から200m程で神社前。この鳥居で4本目になる
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社殿
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2391助松神社

【祭神】(建甕槌命・経津主命・天児屋根命・比売大神)・菅原道真
【由緒】道真公は寛喜年間(1229-32)の合祀と伝わる
【鎮座地】大阪府 泉大津市 助松町1-3-19


北助松駅を出て、踏切を渡り、右手に神社
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鬼瓦の紋章
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絵馬
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天満宮の色合いがかなり濃い神社である

2393忠岡神社

【祭神】菅原道真公・素盞嗚命・狭依毘賣命(さよりびめのみこと)・武甕槌命・経津主命・比咩大神・天兒屋根命・栲幡千千姫命・天御中主命・事代主命
【由緒】「当社はその創立年代は不詳であるが諸般の事情(元禄十四年の寺社改帳にも、古来よりある処の古社であると記載)より判定すれば相当の古社で、元は菅原神社と称し菅原道真公を祀り、明治5年に村社に列し、明治42年4月26日字南戸の村社、八坂神社、字弁天の村社、厳島神社、字春日の村社、春日神社明治42年7月16日、字成山の無格社、事代主神社を合祀し、明治42年8月、神饌幣帛(しんせんへいはく)料供進社に指定せられ、明治42年11月9日、更に大字馬瀬宮の前の村社、天一神社を合祀し、明治43年4月26日現在の忠岡神社改称される」(境内の案内より)
【鎮座地】大阪府 泉北郡 忠岡町忠岡中1-26-3


忠岡駅からゆっくり歩いて10分ほどで社頭。玉垣、鳥居、社殿が見える
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北側にも参道がある
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社殿の鬼瓦の紋章
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絵馬
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鳥居の左隅に撫牛
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2392大津神社

【祭神】品陀別命・素盞嗚尊、天照大神、船玉命、菅原道眞・天太玉命・事代主命・天児屋根命・他7祭神
【由緒】若宮八幡宮と称していたが、明治四十一年に、 上之町の宇多神社、下条町の神明神社、不明の菅原神社、の三社を合祀し大津神社に改称
【鎮座地】大阪府 泉大津市 若宮町4-12


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2203九頭神神社

【祭神】九頭神明神・菅原道真
【由緒】北松尾村大字唐国字下出 村社菅原神社(菅原道真・素盞烏命)、国府村大字小田字太宮 村社菅原神社(菅原道真)を合祀。後に、国府村の菅原神社は泉井上神社に遷座
【鎮座地】大阪府 和泉市 春木町609-2 春日神社境内


和泉府中駅からバス。春日神社前(交差点の南側)下車。

神社へ向かう交差点に「祝春木町地車新調」の横断幕
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この地域において地車(通常「じぐるま」であろうが、この地域では「だんじり」が適切だろう)の新調は特別の意味があるようだ。
五分ほどで春日神社の社頭
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目指す神社は本殿の右手、小さな鳥居と社
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横から
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【補足】上りのバス停は交差点の北側にある