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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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1371天満社(大島・佐伯市)

2016.07.19 07:25|大分県佐伯市上浦・鶴見
【祭神】産土大神・菅原神・事代主神・綿津見神・他
【由緒】「文久三年(1862年)の旧記に豊後国海部郡佐伯大島の田浦の名主緒方又兵衛(山城家)と云う者大宰府天満宮御分霊を申受け宝暦元年(1751年)六月二十五日此の田浦に奉斎したのが当社の創立と記されている」(拝殿の由緒より)
【鎮座地】佐伯市 鶴見大字大島895番
【拝路】佐伯葛港より船になる。離島の天満社になる。
1371CIMG9025.jpg
船室は冷房完備。お客さんは私を含めて、たしか三人。
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意外と早い。島まで約30分。時速おおよそ30kmになる。
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大島が近づいてきた。右手が元ノ間海峡。
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田野浦港に到着。浮桟橋である。
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神社は集落うしろの山の端、狭い道の先に鳥居が見える。
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鳥居をくぐって、手水石、梅鉢紋が刻まれている。
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拝殿
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神額
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境内が狭いので社殿全体を撮ることが出来ない。
1371CIMG9041.jpg
鬼瓦の紋章は梅鉢紋。

帰りの便は五時間後だ。本集落の隣、船隠に足をのばす。集落の入り口右手に、祭神不明の船隠神社がある。
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278瀧神社(浅海井・佐伯市)

2013.02.06 09:10|大分県佐伯市上浦・鶴見
【祭神】伊邪那美命・事解男命・速玉男命・菅原二神・事代主命
【由緒】菅原神一神は丸碰(まるばえ)に、一柱は地下屋敷に鎮座のところ明治17年9月に合祀した。まるばえは浅海井川の左岸、じげは右岸である。
【例祭日】九月七日、十月二十一日
【行程】JR九州の浅海井駅の北側、徒歩でも10分程度である。一の鳥居の右側にはアコウの大木が崖にへばりついている。
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境内はよく整備されている。
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右奥に曉嵐の滝がある。
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186天満社(中越浦・佐伯市)

2012.09.09 11:10|大分県佐伯市上浦・鶴見
【祭神】菅原道真
【由緒】弘化3年(1846)創建。
【例祭日】10月20日
【神紋】不明
【行程】中越浦のバス停を、海を背にすると、右の山手の中腹に社殿が見える。
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右手の細い道を集落に入り、100mほど先で右に曲がり、道なりに進んで行くと階段の前に出る。十数段の階段を登ると境内に着く。
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境内は東に開けているので明るく、景色もよい。ハマユウもよく育っている。
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木鼻の象に足がついている。
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185天満社(羽出浦・佐伯市)

2012.09.09 10:30|大分県佐伯市上浦・鶴見
【祭神】菅原道真
【由緒】創建は不詳であるが、石灯籠には元禄15年(1702)と刻されている、とのことである。
【神紋】梅鉢(廃棄された瓦)、星梅鉢(廃棄された瓦)
【例祭日】10月23日
【行程】県道に羽出浦天満社と書いた案内板があるので、その辺の細い路地を山手の方に向かって進むと鳥居が見えてきた。
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鳥居の先の階段を登り、右に10m程進むと踊り場があり、左手、二の鳥居の先に社殿が見えてくる。
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鳥居、石灯籠そして社殿の配置が印象的な境内である。
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境内が狭いので屋根瓦の紋章は見えないが、廃棄された瓦には梅鉢と星梅鉢の紋章が見える。ここも184天神社と同じように肉感的な造りになっている。
185_3819.jpg


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184天神社(鮪浦・佐伯市)

2012.09.09 10:00|大分県佐伯市上浦・鶴見
【祭神】菅原道真
【由緒】創建不詳とある
【神紋】梅鉢(正面・鬼瓦)
【祭日】6月23.24日・9月23,24日
【行程】羽出浦に通じるトンネルの手前を海沿いに岬の先の方に向かう。5分も走ると右手に鳥居が見えてくる。
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鳥居のすぐ先に見上げるような急な階段がある。階段の下に立つと、行ったことはないがメキシコの古代遺跡の階段を彷彿とさせる。日本のククルカン?。105段の先に社殿がある。正面の梅鉢が印象的である。
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ところでここの梅鉢はちょっと特徴がある。花弁を盛り上げていて、肉感的になっている。
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周囲は遊歩道になっていて、66天満神社を思い出す。
社殿の後の歩道から。
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183天満社(沖松浦・佐伯市)

2012.09.09 09:30|大分県佐伯市上浦・鶴見
【祭神】菅原道真・大山祇命・恵比須神
【由緒】由緒は不明である。鳥居には天明6年(1786年)と彫られている。大山祇命と恵比須神の二神は別々に鎮座していたが明治11年にここに合祀された。
【祭日】6月24日・9月24日に近い日曜日
【神紋】梅鉢(幕)
【行程】鳥羽一郎の「男の港」に鶴見や松浦が出てくる。その松浦港を左に見て、松浦小学校の南側、江口川の右岸に鎮座している。
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境内はきれいになっているので、管理されているのであろう。
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東側からみると。このあたりは台風もあり、海に近いのでコンクリートで固めるのも仕方がないが、ちょっと味気ない。瓦屋根がせめてもの救いか。
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182吹浦天神社(吹浦・佐伯市)

2012.09.09 09:00|大分県佐伯市上浦・鶴見
【祭神】菅原道真
【由緒】創建は不詳のようであるが、寛文拾壱刻之年(1671年)の文書が確認されているのでそれ以前に祀られていたと思われる。
【神紋】梅鉢
【行程】佐伯市街から、番匠川、堅田川を渡り、海岸沿いに吹浦を目指す。途中道が狭いところが多いので注意が必要だ。社は吹浦の小学校の川を挟んだ東よりにある。従って境内は西向きになる。この鳥居は1707年に建立されたものらしい。
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社殿は階段の上に鎮座している。境内の特に北側はゼニゴケでびっしりだ。ゼニゴケ天神。
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海の景色は素晴らしい。左に大入島、正面は四浦半島になる。
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117天満宮(聖神社内・長田・佐伯)

2012.05.06 14:25|大分県佐伯市上浦・鶴見
【祭神】菅原道真・事代主命
【由緒】天満宮が境内社のような印象を受けるが、先に天満宮がここあり、後で事代主命を遷移した可能性もある。
【例祭日】6月12日・10月15日
【神紋】不明
【行程】県道沿いに二つの穴の開いた支柱が二つ。これは幟旗の支柱だったのだ。
これがあるということは近くに神社があるということだ。
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鳥居には聖神社とある。
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その先の右手にもう一つの鳥居がありその先に社が。
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失礼して社殿の中に入らせてもらいました。
梅鉢の紋章の幕と寄進者の名簿一覧のタイトルに天満宮とありました。
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tag:日豊本線

27天神社(津井・佐伯市)

2011.10.19 04:33|大分県佐伯市上浦・鶴見
【祭神】菅原道真
【由緒】弘化3年(1848)の鳥居が現存する。
【例祭日】7月27日
【神紋】梅鉢(幕、神灯、瓦)
【行程】国道を津井に入り、聞ける人を探す。
日本神社のピンポイントは、この地域では信用できないからである。これまでの経験から、年配の女性で信心深い顔品が持ち主が最も良い。

70歳前後と思われる女性が奥の小道から、国道の方にやってきたので聞いてみる。
さきのちょっと広い道を道なりに奥の方へ行くとあります、と答えてくれた。

言われたとおり広めの道を奥へ進み、日豊線の踏切を渡り、右にお寺を過ぎ、二叉路に、とりあえず右に進む。
行き止まりになったので、バイクを置き、小道を先に進んでみる。集落を見下ろす農道に出たので、見晴らしの良い所で下を見ると右手の方にそれらしい建物が見えた。
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戻って、先の二叉路を右に進む。
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こじんまりとしているが、天神様という感じである。失礼して中え。
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天井画です。
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紋章は梅鉢でした。
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tag:日豊本線

25天満神社(福泊・佐伯市)

2011.10.18 05:29|大分県佐伯市上浦・鶴見
【祭神】菅原道真・事代主命
【由緒】天満社改築記念碑には次のように記されている。
「当天満社は明治27年3月当地区江尻東より現在地に移転され既に94年経過明治17年現在の記録はあるもそれ以前は不明である。明治初年の神佛??令の後建立され百十余年経過しているものと推定される。永年の風雨を凌きて老朽甚だしく先人の偉業と労苦を偲び之を称え氏子の総意に?り改築し地区??神として永く子孫に傳承する
町文化財調査委員長
福泊地区長         山田 寛   記文
昭和63年4月」
宝暦年間(1751~1763)佐伯藩の社寺取調帖に当社の存在が記録されている。明治17年恵比須様を合祀する。
【神紋】梅鉢(手水鉢)
【行程】地区の公民館の真裏の小高い所に見える。
この天神様は、サイト日本神社のリストになく、所在は最初母から聞いた。まぼろしの天神様である。
見上げるような階段がある。
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境内はきれいに清掃されており、大事にされているようである。
相当の樹齢と思われる?が数本残されている。
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手水の水盤にわずかに剣梅鉢と見れる紋章がある。
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本殿の天井絵はきれいであった。
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道真像も置かれていた。
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鳥居の下から、三石方面を望む
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tag:日豊本線