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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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1774長井神社(長井・延岡市)

【祭神】天御中主神・素盞鳴命・稲田姫命・大己貴命・少彦名命・佐伯惟治霊・大年神・天石門別神・菅原道真公・倉稲魂神
【鎮座地】宮崎県 延岡市 北川町長井5512


1773家田神社から長井大橋を渡って直進し高速道の手前に案内が見える。
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急坂を登って道なりに進むと神社の後ろに着いた。
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正面から
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呼び名が分からないが
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梅鉢紋に見える。
表参道は南側になる
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1773家田神社(長井・延岡市)

【祭神】大山積神・大年神・和田津見神・菅原神
【由緒】所蔵の棟札によれば、享保十五年戌年(1730年)本殿が再興された。明治四年当村長井神社へ合祀されたが、同十三年神社再復鎮座を出願し、同十四年許可され、同十五年復社遷宮した。ここでは、創建は1730年とした。家田=えだ。
【鎮座地】宮崎県 延岡市 北川町長井311-4


東九州道長井ICの東、藤迫のバス停前
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社殿
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鯨幕に梅鉢紋
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社殿横から
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正面に可愛(えの)岳
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西南戦争、和田越えの戦いで敗れた西郷軍は、可愛岳の北側を敗走したという。

724川内名神社(熊田・延岡市)

【祭神】菅原道真三柱・伊弉冉命・速玉男命・事解男命・素戔嗚命・火産霊命・彦火火出見尊・誉田別命・少童命・大山祇命
【由緒】元は熊田の後ろの山に鎮座していたが、参拝が困難なため明治六年現在地に遷座。かつては天満社であった。明治四年地区の小社を合祀して川内名神社と改称。楠原・長原の天満神社を合祀。
【鎮座地】延岡市大字川内名熊田7254番地
【行程】旧北川町庁舎前の小山に鎮座。
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正面から。
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横から
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723天満社(松瀬・延岡市)

【祭神】菅原道真公
【由緒】文久二年(1862)拝殿再建の棟札があるという。一時期722下塚神社に合祀されたが復社された。
【鎮座地】延岡市北川大字川内名字松瀬1850番地
【行程】村の北のはずれで、兄弟らしい子供に神社を尋ねると、もっとしもの方にあるという。二百メーターほど進むと右手にご婦人が畑の作業をしていたので聞いてみるとこのすぐ先であるらしい。
バス停前の旧道に、石段の参道が見える。
723CIMG4086.jpg
石段の先に鳥居と社殿が見える。
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境内狭く左横から。
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反対側に回ると、野鳥が一羽逃げもしない。人馴れしているのか、体調でもわるいのか。
鳥は詳しくないがモズのようである。
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神殿に紋章。梅鉢紋のようである。
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最近ここより10kmほど西で鳥インフルエンザが発生している。国道に出ると消毒ポイントがあったので、係員に野鳥のことを伝える。
境内で鳥と間近に遭遇するのはこれで449山王社以来である。

722下塚神社(矢ヶ内・延岡市)

【祭神】伊弉冉尊・速玉男命・事解男命・天御中主命・彦火火出見尊・倉稲魂命・菅原道真
【由緒】本社は元々天満社で、昭和十八年大洪水で流出した下塚神社をここに遷宮したものである。明治四年葛葉・松瀬・寺尾山の天満社および縦木原山・迫の谷の天神社が合祀された。延宝三年(1675)再興の棟札が残されているという。※葛葉・松瀬の天満社は明治十五年復社。
【鎮座地】延岡市北川町川内名(かわちみょう)下塚 下塚集合所の隣。
【行程】国道368から県道43号に入る。谷の幅は少し狭くなるがおおむね車線はキープされている。県道から市道に入ると道は狭くなるが離合可能な幅である。右手に鳥居が見えてきた。
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左手から
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神社前から南方面。来た道。
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721古江神社(古江・延岡市)

【祭神】品陀和気命・息長足姫命・市杵島姫命・国常立命・伊弉冊命・事代主命・速玉男命・大山祇命・大己貴命・太田命・倉稲魂命・厳島姫命・菅原道真(二柱)・大神惟治霊
【由緒】明治四年、地下鎮座の此川天神社・谷光鎮座の谷光天神社、いずれも祭神菅原道真を合祀。
【鎮座地】延岡市北浦大字古江宮の本1891番地。1836番地の東。
【行程】ナビに従って行くと神社の石段前に着いてしまったが、西の方向に鳥居が見えた。
一の鳥居前まで引き返す。
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二の鳥居。その先に橋。その先の山に神社がありそうだ。
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階段を登り、踊り場三、四ヶ所。
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162段踏みしめて社殿前。
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左側から。
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720菅原神社(歌糸・延岡市)

【祭神】菅原道真公・大年神・保食神
【由来】文安四年(1447)創立。明治維新以前は天神宮と称す。歌糸村の総産土神。
【鎮座地】延岡市北浦町三川内3083番地
【行程】歌糸川の右岸、田んぼの中に小さな社叢がこんもりと見える。
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鳥居の扁額には菅原神社とある。境内に入る。
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拝殿内。梅鉢紋が見える。
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左横から。
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719菅原神社(市尾内・延岡市)

【祭神】菅原道真公
【由来】文安四年(1447)菅原道真公を勧請して天神宮と称す。明治四年三川内神社に合祀されたが、明治十五年複社、現在地に遷宮し社号を菅原神社と改称す(89)。
【鎮座地】延岡市北浦町三川内字鉄ヶ屋2438番地。
【行程】三川内の谷は思ったより広く、国道もしっかりしている。
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国道から鳥居が見える。
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社殿は普通の家屋風である。
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左横から。
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紋章不明

260天満神社(差木野町・延岡市)

【祭神】菅原道真公
【由緒】創建不詳。棟札に寛永十七年(1640)十月の記録がある。宝永年間(1704~1711)字山脇の里に遷座、宝暦十三年癸未(1763)十月五日に、延岡城主内藤能登守政陽再興の記録があり。明治維新の際、旧藩制度の廃止にともない明治四年村社川島神社へ合祀されたが、明治十一年氏子一同該社再復鎮座出願をし、同十四年九月許可となる。当社は、境内が低地のため、浸水により、時に氏子の参拝も難をきわめた。また周辺の民家が「社殿を見下ろすことになり不敬にあたる。」などの理由で、昭和十年現在地に移転遷座した。【神紋】梅鉢(瓦)
【行程】峠越えの道と線路は、同じ谷合をうねるように、付かず離れづ進む。JR九州の電車は外観も内装もユニークである。国道10号線を走ると、時に日豊本線を疾駆する電車とすれ違ったり追い越されしてワクワクした気分になることがある。

差木野町の信号を左折する。その先に日豊本線のガードがある。先に入ってきた車を待ち、ガードをくぐり右か左かと思っている間もなく、右手に鳥居が見える。
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40段ほどの階段の上に社がある。手作りのしめ縄がいいではないか。
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名称が天満神社となっており、感覚的にもこれまで抱いていた宮崎県の菅原神社と異なっており、大分県の影響が強いのであろうか。そういえば佐伯惟教は宮崎で戦死し、宮崎県のどこかの神社に祭られていると思ったが・・・。
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瓦に梅鉢紋が残っている。
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より大きな地図で 天満宮散策 を表示