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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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2412北野神社

2018.10.03 07:35|東京都文京・新宿区
【祭神】菅原道真公
【由緒】明治39(1906)年に北野神社を合祀
【鎮座地】東京都 新宿区 上落合1-26-19 月見岡八幡神社境内


住宅地の中、境内は幼稚園の運動場、右手は園舎。園児の歌声が聞こえる。
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防犯のためか鉄扉が閉まっている。声をかける人もいないし、参拝に来たのだから、と境内に入る
本社の社殿
2412CIMG6842.jpg
本殿の左右に境内社が祀られているが、右手
2412CIMG6846.jpg
左手奥の小祠
2412CIMG6845.jpg
北野神社(菅原道真公)とある
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169西向天神社(新宿6丁目・新宿区)

2012.08.31 11:10|東京都文京・新宿区
【祭神】菅原大神(すがわらおおかみ)・稲荷大神(いなりおおかみ)・秋葉大神(あきはおおかみ)・嚴島大神(いつくしまおおかみ)
【由緒】古来より東大久保村の鎮守。安貞二年(1228年)栂尾明恵上人の勧請とされる。西向(にしむき)天神とは太宰府の方へ向かい社殿を西向きに造っているために昔から呼び慣らわされた。
【例祭日】5月25日
【行程】グーグルの地図にはまだ載っていない。地下鉄東新宿駅の案内に出口A3が新しく追加された。
この出口は新宿イーストサイドスクエアに直結している。
169_3694.jpg
従って、ここを東に向かうと西向天神社が真向かいになる。
169_3697.jpg
階段を登った小高い丘の中腹に鎮座している。
169_3700.jpg
境内は広々している。江戸名所図会には、境内すこぶる幽邃(ゆうすい)とある。
169_3701.jpg
江戸名所図会には大窪天神として紹介されている。
169_01.jpg

162蛍雪天神(赤城神社内 赤城元町・新宿区)

2012.07.25 12:40|東京都文京・新宿区
東西線神楽坂駅の出口1を地上に出て、数メートル左手の角を曲がると正面に鳥居が見える。
神社の境内はきれいに整備されていて、近代的な神社?になっている。
162_3588.jpg
本殿の左が蛍雪天神になっている。
162_3585.jpg
案内板には次のようにある。
「ご祭神は『学問の神様』菅原道真公を祀ります。この神社かつて横寺町に鎮座し朝日天満宮と称されておりました。江戸二十五社の一つに列しておりましたが、その後信徒なき為、明治九年三月當境内にご遷座。その後、戦災により焼失したものを、平成十七年十月現在横寺町にある旺文社のご寄進により『蛍雪天神』として復興しました。社名額には社長赤尾文夫奉納の名がある。『蛍雪』とは中国の故事で、苦労して勉学に励む事を意味します。」

さて、江戸時代の朝日天満宮がどこあったかをしらべてみると、この「朝日坂」のサイトが最も参考になる。朝日坂はこの神社の南側を旺文社の本社の方へ下る坂道である。その坂道の途中に泉蔵院という寺があり、その境内に朝日天神があったようである。たしかに坂は南面にあるので、江戸時代は朝日が眩しかったかもしれない。今、泉増院は無くなったが、江戸時代地図では、正蔵院の南側にあったようである。
以前訪れた76北野神社はこの赤城神社の管理社であるらしい。

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147天満神社(白山神社内 文京区)

2012.06.27 12:00|東京都文京・新宿区
都営三田線白山を下車。
参道にある町名案内によれば、この辺は白山神社の門前町と発展したとある。
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鳥居も大きく境内も広い。こちらは西からの参道にあたる。
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天満神社は、南からの参道の左手にある。
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他の神様と共に合祀されている。
147_3431.jpg
合掌。
昼時になったので、駅に戻り、ここで昼食を頂きました。
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tag:三田線

146桜木天神(本郷・文京区)

2012.06.27 11:40|東京都文京・新宿区
大江戸線の本郷三丁目の駅は、春日通りと本郷通りの交差点の真下に、春日通りにそっている。従って、出口3は春日通の南側に出る。

桜木天神は、出口3の斜め左、春日通りの北側に鎮座している。数分も歩けば鳥居が見える。
146_3422.jpg
境内の右手に手水舎、社殿はすぐ前にある。
146_3421.jpg
紋章は梅鉢。
146_3417.jpg



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tag:大江戸線

145今宮神社(音羽・文京区)

2012.06.27 10:25|東京都文京・新宿区
地下鉄有楽町線の江戸川橋の出口1aを出る。首都高速の下を、神田川の橋を渡り、北に向かう。
五分も歩くと目白坂下の交差点がある。これを渡り東側の細い道の先に神社が見える。

神社の境内から交差点の方向を見るとこんな感じである。
145_3415.jpg

ここは道真公を祭神として祀っている。
145_3413.jpg
二礼二拍手一礼。

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tag:有楽町線

131根津神社(根津・文京区)

2012.05.25 09:35|東京都文京・新宿区
根津神社の祭神の中に菅原道真公がいらっしゃるとは思わなかった。
131_3253.jpg 
この神社はつつじで有名で、何度か来たことがある。
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池と橋と楼門、太宰府天満宮と似ている気もするが。
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神殿の中、境内を見回しても天神様の痕跡は見当たらない。紋章も
土産品を売っている宮司の方に聞いても、あまり要領を得た言葉はなかった。

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tag:千代田線

77成子天神社(西新宿・新宿区)

2012.02.15 11:10|東京都文京・新宿区
【祭神】菅原道真
【由緒】創立は延喜3年(903年)。当時、菅原道真が死去し嘆き悲しんだ家臣が道真の像を大宰府から持ち帰り祀ったのが始まりであるという。その後鎌倉時代、源頼朝により社殿が造営された。創建時は現在地より北よりの旧柏木村(北新宿付近)に鎮座していたようです。江戸時代に柏木村より成子村が分村、あるいは火災により寛文元年(1661)現在地に遷座とのこと。
【神紋】梅鉢
【行程】地下鉄丸ノ内線の西新宿を下車し、出口1の案内に成子天神社がある。
表に出ると、目の前は高層ビルの林である。

右か左か、しばらく周囲を見回すと、道路の標識に荻窪・高円寺とある。
とりあえずそちらの方向、右に進む。
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数分でファミリーマートに着き、その手前を右に入る。
その先は白い塀で囲まれ、その中に工事用のクレーンが数台。
ひょっとして目的地は工事中でした。「成子天神社再整備プロジェクト(賃貸棟)」
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とりあえず周囲を時計回りに回ってみると、本通りに面した方に仮の社殿を祀っておりました。
77-026.jpg
賽銭箱の紋章は、剣梅鉢でした。
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こちらが参道
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tag:丸ノ内線

76北野神社(天神町・新宿区)

2012.02.15 10:15|東京都文京・新宿区
【祭神】菅原道真
【由緒】大友宗麟の孫の義延は徳川秀忠に仕え天神町から榎町にかけて大友屋敷を賜って住んでいた。義延はこの屋敷内に大宰府の天満宮を勧請し、お祀りした。彼の死後大友家は断絶し、天満宮は尾張徳川家の外山屋敷から、真定院へ移され「高田天神」と呼ばれて崇敬されていた。江戸名所図会に「八幡宮より馬場の方へ行く道の左側にあり」と紹介されている。真定院が明治維新のとき廃寺となったので、高田天神は水稲荷神社の境内に移転した。大友家が断絶後その跡地を大橋隆慶が拝領して住み、隆慶も天満宮を崇敬していたので、将軍家から菅公の像をご神体としてお祀りした。これが当社に引き継がれている天満宮である。なお本社は赤城神社の管理下にあるようである。
【例祭日】5月25日
【神紋】梅鉢
【行程】東西線神楽坂に降り、黄色い案内板を見ると、天神町は2番の中にある。
(江戸の頃は「天神」の地名は多くあったようであるが、都内では、町村合併で今はここだけとか)

地上では、目の前は、たぶん早稲田通りと思われるが、右か左か?
手元の地図と、しばらく思考し、右手に下ってゆく。
76-003.jpg
ちょっと坂が急になった所に交差点が。このあたりの坂を地蔵坂と言うらしい。
「江戸時代後期、小浜藩酒井家下屋敷(現在の矢来町)の脇から天神町へ下る坂を地蔵坂と呼んでいた(「砂子の斬月」)。坂名の由来はさだかではないが、おそらく近辺に地蔵尊があったものと思われる
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交差点を横断し、進路を北に変え、左側の歩道を数分歩く。
ビルの谷間に、左側に、いきなり鳥居が。北野神社とある。
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鳥居が本通りの歩道がわと社殿の前にもあり、その間が参道となっているのだろう。
中の鳥居をくぐると右手に手水鉢、その先に社殿がある。

賽銭箱には、剣梅鉢の神紋が見える。
硬貨を投げ入れ、合掌。
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中の鳥居の左手に、お稲荷さんが祀ってあり、供え物が置かれている。
その前に数人の老(若)男女。神主さんもやってきて、お祭りが始まったので、最後列で参加させてもらった。

尚、初詣先着1000名にお守りが頂けるとのこと。また、A5サイズのパンフレットを頂いた。


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tag:江戸二十五天神 東西線

8湯島天満宮(湯島・文京区)

2011.07.22 14:53|東京都文京・新宿区
【祭神】菅原道真
【由来】太田道灌江戸の静勝軒にありし頃(文明10年{1476}6月5日)、夢中に管神に謁見す。あくる朝、外より管丞相親筆の画像を携え来る者あり。すなわち夢中拝するところの尊容に彷彿たるをもって、ただちに城外の北に祠堂を営み、かの神影を安置し、かつ梅樹百株を植え、美田等を附す(江戸名所図会より)。案内板では文明4年郷民による勧請とある。尭恵の「北国紀行」(1487)に本社の記録がある。
【神紋】梅鉢
【撫牛】二体
【行程】湯島天満宮は、千代田線湯島のすぐ近くである。
駅を地上に出て、数分も歩けば参道の階段に着く。
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階段を上り境内に入る。
こちらは、夫婦坂、本堂の裏手からになるようなので、正門に周り参拝する。
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鳥居をくぐると左側に一体の撫で牛がいる。
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手洗い所の先にさらに一体撫で牛がいる。左横臥の姿勢は多くないが、この形は本堂との位置関係によるものであろう。本堂に向かって、左側に配する場合、右横臥であると、参拝客に背を向けることになり、好ましい形とは言えなくなる。
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