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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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2460綱敷天満神社

2018.11.14 15:18|東京都港・中央・千代田区
【祭神】菅原道真
【由緒】元徳稲荷神社に、同じ町内(元徳町、その前は元徳エ門町)に祀ってあった学問の神である天神様、綱敷天満神社を後に合社した。
【鎮座地】東京都 中央区 日本橋浜町2-3-5


都営新宿線浜町駅A2出口から300mほど。街区の東角、ビルの谷間にある
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鳥居の神額
2160CIMG7134.jpg
神紋
2160CIMG7137.jpg
抱き稲に梅鉢紋
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2413日枝神社

2018.10.12 09:06|東京都港・中央・千代田区
【祭神】日枝大神(大山咋命・国常立神・伊弉冉神・足仲彦尊)[相殿]菅原大神・稲荷大神(宇気母智神)・浅間大神(木花佐久夜比売命)
【由緒】江戸期から境内には天満宮が建立されていた。昭和三年に本社に合祀
【鎮座地】東京都 中央区 日本橋茅場町1-6-16


東西線茅場町駅8番出口を出て、右手の路地を北に入ると神社の裏手になる。
境内を通って西側が表参道になる
2413CIMG6851.jpg
社殿
2414CIMG6849.jpg
横から、かなりの規模で壮麗である
2413CIMG6853.jpg
境内をビジネスマンが足早に通り過ぎ、あるいは参拝している。

376芝大神宮(大門・港区)

2013.08.02 12:00|東京都港・中央・千代田区
【祭神】天照皇大御神・豊受大御神
【相殿】事代主命・大国主命・倉稲魂命・菅原道真公・源頼朝公・徳川家康公
【由緒】増上寺境内にあった飯倉天神を境内社として祀り、その後本殿に祭神としてお祀りしたようである。
【行程】地下鉄浅草線大門駅かゆっくり歩いて十分程度である。裏参道から入ってしまったが鳥居の大きさにビックリした。
376CIMG0857.jpg
社務所前から。人影は切れることがない。空はビルに切り取られていびつな形になっている。
376CIMG0860.jpg
【補足】
「彦の市の住居は俗に神明裏と呼ばれているが、本当は三島町という。西側には、増上寺の宏大な境内が広がり、その東端に、飯倉神明宮の社殿がある。ゆえに神明裏と、人びとは呼んでいるのだ」池波正太郎 梅安冬時雨より
【キーワード】見習い宮司

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360太田姫稲荷神社(駿河台・千代田区)

2013.06.23 12:00|東京都港・中央・千代田区
【祭神】倉魂稲命・菅原道真・徳川家康
【行程】地下鉄千代田線新御茶ノ水出口B3を出ると駿河台の交差点が右手になる。これを渡り数分も歩くと右手の角地にあるはずであるが・・・。
工事用の高い塀に囲まれて屋根しか見えません。
小さな祭壇が塀に埋め込まれているのでここにお参りしてきました。
たしか改装中の天神社に遭遇したのは77成子天神社についで2社目となる。
(画像行方不明)
【キーワード】中華、改装中

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216大鳥神社(人形町・中央区)

2012.10.12 11:30|東京都港・中央・千代田区
【祭神】稲荷大神・伊邪那岐神・伊邪那美神・日前大神・北野大神・手置帆負神・彦狭知神・淡島大神・八幡大神・猿田彦神・琴平大神・天日鷲神・大宮能売神・大国主神。松島神社が正式名。
【由緒】この界隈は当時全国各地からの住民で、彼らの故郷の祭神を祀ってほしいとの要望で祭神が多い。天神が祀られたのは正徳3年(1713)以降と思われる。
【例祭日】4月1日勤学祭
【行程】人形町は初めてであるが、小さな会社、食いもの屋などなどが混在していて、歩道には様々な出店があったりして、人通りもそれなりで、人に近い感じがする。
人形町の駅からゆっくり歩いて20分程度、神社の前に、赤い鳥居がある。
社殿はビルに組み込まれていてちょっと味気ないが、都会の神社にはこういうタイプがいくつかある。


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215袖ヶ崎神社(東五反田・港区)

2012.10.12 11:00|東京都港・中央・千代田区
【祭神】豊受姫神、天照皇大神、誉田別尊、菅原道真命、武甕槌命、経津主命、塩槌翁命、市杵島姫命
【由緒】ねこのあしあとさんによれば、神社は保延元年(1137)京都稲荷山より奉斎されたもので、元禄年間に天満宮をお祀りした、とある。
【行程】品川駅の西口を出発する。すぐ目の前に緩やかそうではあるがだらだらと伸びる上り坂。そう広くはない歩道で外国人とすれ違う。十分ほどで頂上だ。振り返って品川駅を見ると、思ったよりも小さく貧相に見える。東京駅が改装され脚光を浴びているのとは、好対照だ。

突き当りを右折し、10m程先にある信号を渡り、目の先に社叢と思われる森が見えてきたのでそちらをめざす。道は下りになり、20、30m歩くと、下ってさらに左に行く左ルートと住宅地の中に進む右ルートになる。目指すのはさらに高い方向なので、右に進む。マンションの建設現場の先に車の往来が見えてきた。桜田通り。ここを西にほんの数分歩くと鳥居が見えてきた。

社叢と思っていた森は、裏の寺のものであったようだ。社殿も境内も小さいが、なんとなく厳かな雰囲気は漂っている。


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174松野天満宮(幸稲荷神社内 港区)

2012.08.31 14:40|東京都港・中央・千代田区
【祭神】菅原道真 と思われる
【由緒】由緒には、旧芝公園十六号地鎮座 とある。当時増上寺のこの付近には茅野天神と板倉天神しか鎮座していなかったので、この社は板倉天神と思われたが、文政年間の切絵図をよく見ると、天神の文字が三つ確認できる。
174image.jpg
※板倉天神は芝大神明宮の末社になっている(178)
【鎮座地】東京都港区芝公園3-5-27 幸稲荷神社内
【ホームページ】幸稲荷神社
【行程】茅野天満宮と同様に、増上寺境内に鎮座していたが、芝公園造成時に移転を余議なくされたらしい。
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由緒には、旧芝公園十六号地鎮座 とある。

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173茅野天満宮(幸稲荷神社内 港区)

2012.08.31 14:30|東京都港・中央・千代田区
【祭神】菅原道真 と思われる
【由緒】「増上寺の東谷林松院地中に鎮座。『三縁山誌』には神像は子高祖作と。津戸三郎為守が伝え持っていたが、慶長中戦乱の世に保持できず、茅原茂る地に埋めかくしたところ、林松庵の守公法師の夢に現れて祭ったという」(文献76)
【鎮座地】東京都港区芝公園3-5-27
【ホームページ】幸稲荷神社
【行程】神谷町出口1を出る。お参りする前に暑さで参ってしまう。近くの喫茶店?でアイスコーヒーを。
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まったく東京は坂の多い街である。芝学園下の交差点を右折すると、急な坂になる。坂を上り切り50メーターほど先に目指す神社があった。
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境内の右手に二つの天満宮が祀られていた。
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江戸名所図会によると、茅野天満宮はここよりさらに南、芝公園の芝東照宮(そのころは安国殿)のさらに南にあったと推察される。芝公園の造成で移転を余儀なくされた?。
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172朝日神社(六本木・港区)

2012.08.31 14:15|東京都港・中央・千代田区
六本木の出口3は相当高所にあるようだ。六本木の交差点を右に、南に下る。六本木の郵便局を右に見ながらさらに坂道を下ると、右手に鳥居が見える。
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境内の右手に由緒を書いたプレートがある。この祭神のなかに北野天神とある。
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狭い境内の故でもあろうか、これまでの騒然たる風景せいか、境内は清浄の感がある。

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171築土神社(九段北・千代田区)

2012.08.31 13:30|東京都港・中央・千代田区
【祭神】天津彦火邇々杵尊【相殿】平将門公・菅原道真公
【由緒】かつて築土神社境内には、「木津川天満宮」という末社が置かれていた(創始の由来は不明であるが、文政3年(1820年)刊の『天満宮御傳記略』にすでにその存在が確認できる)。菅原道真公はもともとこの「木津川天満宮」の御祭神であったが、1994年の境内工事の際に取り壊され、道真公は築土神社の「相殿(あいどの)」に配祀された(築土神社ホームページより
【鎮座地】東京都千代田区九段北1-14-21 
【拝路】地下鉄半蔵門線の九段下を出口1に出る。プラタナスの街路樹の葉陰に巨大な鳥居が見える。靖国神社である。この鳥居を見ただけでも、この神社の背後の巨大な力を感じることができる。

目指す神社は右手のブロックの東側にあるはずである。靖国神社方面に時計回りに歩いてみる。
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ビルの一角に社殿が収まっている。
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平成6年社殿を建て替えビル化するまでは、末社として天満宮が祀られていたようである。今は合祀されている。

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