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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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501天満社(カマス網代・佐伯市)

2014.04.07 14:30|大分県佐伯市蒲江
【祭神】菅原道真
【相殿】大物主命
【由緒】佐伯藩五代藩主毛利高久の家臣山田梅之丞が本地に隠居し、貞享四年(1687)カマス網代に小さな社殿を建てて天満社を祭る(21)。
【行程】国道388から尾浦トンネルを抜けてすぐに右に下ると尾浦に着く。右折し道なりに進み旧小学校?横まで進むもそれらしき気配はなし。たまたま、道の先にご婦人が見えたので、聞くと、「そこの川沿いの道を登ってゆけばありますよ」。見ると小さな川とその隣に細い道が上流の方に続いている。

しばらく登ると、神社の印が両サイドに。
501CIMG2189.jpg
コンクリを打っているので歩きやすいが、距離はだいぶある。鳥居が見えてきた。山が迫ってきた。
501CIMG2190.jpg
なんとか鳥居の前へ。
501CIMG2191.jpg
境内は狭く、後ろの沢には砂防ダムが二層作られている。右手の石垣には紋章の付いた瓦が使われている。
501CIMG2198.jpg


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500鷂(こだか)天満社(畑野浦・佐伯市)

2014.04.07 14:10|大分県佐伯市蒲江
【祭神】菅原道真
【由緒】「天慶年間(935~947)に、その昔神武天皇東征の折、皇艦をしばし休められた畑野浦ハズラシの海岸に一羽の鷂(はしたか・はいたか)が舞いおりたという。里人たちは随喜し祠を建て、鷂天神と称えてこれを祭った。御神徳は年とともに四方に輝いた。その後、南北朝時代、この地に難を逃れた南朝の忠臣菊池・阿蘇の一族と土佐の長曾我部の一族が土着した。一族の鷂天神に対する崇敬の念は厚く、慶長年間(1596~1615)ころには社地を後方の高台に移し、社殿を改築遷宮したのが現在の神社である。」(蒲江町誌より)
【行程】後に地図を再確認すると、畑野浦は意外に大きな集落、と言うより町であった。
国道388を右折して旧道に入る。南から神社を目指したことになる。伊勢本社を過ぎ集落の中のやや広めの道を北上する。道なりに進むと、結局、国道に出てしまった。神社は東の山手とイメージしていたので、再び集落の中に入り、川沿いに南下する。左手の山際に神社らしき建物が見えた。
500CIMG2181.jpg
右手の階段や手すりが雰囲気を壊しているが、これも時代の流れか。
手水には沢水を引いているようだ。
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さらに石段を登る。
500CIMG2183.jpg
古い瓦の紋章。これまで見たこの地域の形とはちょっと異なるような気がする。一応梅鉢紋とするが、やはりちょっと違う。
500CIMG2186.jpg


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499天満社(楠本浦・佐伯市)

2014.04.07 13:50|大分県佐伯市蒲江
【祭神】菅原道真
【相殿】事代主命
【由緒】創祠は不詳(21)。鳥居は享保九年(1724)の建立。1794年作とされる御領分中寺社記(57)に「蒲江浦楠本 天神」の記載あり。
【行程】楠本浦は入津湾が西に深く切れ込んだ最奥にある。神社は集落の東、湾の北側にあるので、南側から海越しに鳥居を見ることができる。ほぼ中央の海までせまった社叢の前に鳥居が小さく見えるのだが・・。
499CIMG2176.jpg
国道の脇に鳥居、参道、社殿と続く。
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336弁天島天満社(猪串浦・佐伯市)

2013.05.07 13:30|大分県佐伯市蒲江
【祭神】菅原道真
【相殿】経津主命(ふつぬしのみこと・妙見宮)・事代主命・市杵島姫命
【由緒】創建は、市史には寛永七年(1630)、案内の看板には宝永七年(1710)とある。天神社は別の場所からここに遷宮された可能性があるので、創建の解釈の違いかもしれない。厳島神社は創建時からこの島であったらしい。今は埋め立てられて地続きになっている。
【行程】猪串浦は小さな入り江なので海に突き出た小高い山がいやでも目に入ってくる。ここの社叢は貴重らしい。波打ち際からの石の階段が神秘的である。鳥居の扁額には厳島天神社とある。
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直線の階段は通行止めのロープが張ってあるので、右手のう回路を登る。山頂の正面に天神社がある。左手に厳島神社があり、境内は相当窮屈である。
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瓦に梅鉢紋が刻まれていた。
【キーワード】小島、波打ち際

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335天神社(野々河内浦・佐伯市)

2013.05.07 13:20|大分県佐伯市蒲江
【祭神】菅原道真・素戔嗚命
【由緒】寛永十七年(1640)創建。
【行程】野々河内浦は南北に長く位置しているが、野々河内と呼ばれる集落はどちらかと言うとその西にある。それに浦と言っても海から相当離れており、海が後退していったのではないかなどと考えてしまう。この集落の入口にも地図が用意されており、神社は西奥の山の裾にあるようだ。直進・左折・右折・左側。鳥居の前から振り返る。
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社殿をのぞむとこのようになる。
335P1000078.jpg
屋根の雰囲気がこれまでの天神社とちょっと変わっているので、ほんとに天神社かと思ったが、鬼瓦に梅鉢紋、それに拝殿の陣幕にも梅鉢紋が使われている。
【キーワード】ツッパリ、鯉のぼり

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334坪浦天神社(野々河内浦・佐伯市)

2013.05.07 12:55|大分県佐伯市蒲江
【祭神】菅原道真
【由緒】貞享二年(1683)の創建とされている。野々河内浦は、野々河内川の河口からその流域で、北は佐伯市青山、東は蒲江浦、西は森崎浦そして南は名護屋湾になる。リアス式海岸のこの地域にあっては結構平地が広がっている。本社は、元は古坪と呼ばれる土地にあったが安政三年(1856)にこの地に遷宮されたらしい。
【行程】名護屋トンネルを抜けると南向きに開けた空がひろがり、急な坂道を下り平地に降りる。五月の薫風の中に微かにミカンの花の香りが含まれている。数分も走ると左、東の方に向かう小さなみちがある。右手角に集落の看板がある。看板に神社の目印がある。小さな橋を渡りまっすぐ進むと石碑があり、その右手奥が神社らしい。
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鳥居、小さな橋、階段、境内に質素な社殿がある。
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中に神殿が納められている。彩色された神殿はどこか南の香りがする。
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【キーワード】彩色、ミカンの花、橋


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333天神社(森崎浦・佐伯市)

2013.05.07 12:30|大分県佐伯市蒲江
【祭神】菅原道真
【相殿】事代主命・大神惟治・埴山昆売命(はにやまひめのみこと)
【由緒】天明二年(1782)の創建。
【行程】国道から一歩集落の中に入ると狭い道が続く。大体の方向とそれらしき社叢を探しながら進む。山の端に鳥居を見つけた。
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50段ほどの石段の上に社殿がある。
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ここは根っからの天神社らしく、瓦には梅鉢紋が刻まれている。境内に初めて目にする木を見つけた。ムクロジ。
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ムクロジの果皮には多量のサポニンを含むという。石鹸の代替になるらしい。
【キーワード】ムクロジ、昼食

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332富尾(とみのお)神社(丸市尾・佐伯市)

2013.05.07 11:20|大分県佐伯市蒲江
【祭神】大己持命(オオナムチノミコト)・大神惟治・豊玉彦命
【相殿】事代主命・軻遇突智命・市杵島姫命・菅原道真(二座)・大山祇命
【由緒】明治八年(1875)五月十五日、村内各所にあった神社を合祀、との記録あり。当社そのものは大永七年(1527)創建。
【行程】祭神もビックリであろう。目の前に高速道路が走っているのだから。高速道路のガードを抜けると目の前に一の鳥居が見えてくる。30m程で二の鳥居である。
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50段ほどの階段を上ると拝殿が見えてきた。
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手入れが行き届いて、境内や社殿の中もきれいである。拝殿の隅に牛の面相の鬼瓦が置いてある。
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【キーワード】牛顔の鬼瓦、高速道路

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331天神社(葛原・佐伯市)

2013.05.07 10:50|大分県佐伯市蒲江
【祭神】菅原道真(二座)
【相殿】大山祇命・事代主命
【由緒】ここの集落は、「地下(じげ)」と「樫郷」に分かれており、それぞれに氏神として菅原神を祭っていた。明治九年に地下の菅原神を、樫郷の当社に合祀したようである。地下の本宮は寛文年間(1661-1673)、当社である樫郷の若宮は正徳三年(1713)の創建である。
【例祭】11月2日
【行程】岬を回って見えるこの砂浜の景色はすばらしい。白砂の砂浜も良いが、ここの黒砂とも言える砂浜も見ごたえがある。
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由緒にもあるようにここは大内川が集落を二分している。天神社はその川の橋の袂にある。地下の便を考えた上のことであろうか。
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ツワブキのようであるが、それにしては大きい。
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【キーワード】黒砂青松、橋の袂、ツワブキの花?

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330王子神社(波当津・佐伯市)

2013.05.07 10:20|大分県佐伯市蒲江
【祭神】伊弉冉命(イザナミノミコト)
【相殿】事代主命(コトシロヌシノミコト)・菅原道真・加具士命(カグツチノミコト)・埴安姫命(ハニヤスヒメノミコト)・保食神(ウケモチノミコト)
【由緒】王子神社の創建は元禄11年(1698)11月8日。
【行程】波当津は大分県の最南端の村落になる。手前の葛原まではほぼ快適な道路であったが、その先は道が狭く、山道で、車の離合が不可能な区間がしばらく続く。小さな小石であるが、落石も見られた。最後のカーブから海岸線を写す。ちょっと黒目の砂浜が印象的である。
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防風林の後背地が集落となっている。神社は南側の山の端にある。
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一の鳥居、二の鳥居の先に中くらいの社殿がある。
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社殿の基礎の石組みがすばらしい。
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【キーワード】石組み、防風林、自然、悪路

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