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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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1851府内天神(常妙寺境内)

2017.08.16 15:52|大分県大分市大分地区
【祭神】北野天満大自在天
【由緒】「大友初代藤原能直公が豊後守護職を授かった折、天変飢饉つづく豊後の地を鎮めるため、建暦二年(1212年)京都北野天満宮より勧請して所領を鎮護したのが始まりです。・・・」
【鎮座地】大分県 大分市 大字葛木326-1 常妙寺境内


県道21号の北側に寺はあるようだが、手前の大きな建物で直接見えない。狭い市道に入って後ろ側、キリシタン殉教記念公園の方からになった。後で見ると、県道沿いに公園の駐車場があった。
1851CIMG2838.jpg
境内左手、大分県の市町村図の上に撫牛
1851CIMG2839.jpg
社殿
1851CIMG2840.jpg
横から
1851CIMG2845.jpg
常妙寺のロゴ
1851image.jpg
社殿の中に、梅鉢紋も見えたが、星梅鉢紋を紋章とした。

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1155天神社(柞原八幡宮内 八幡・大分市)

2016.01.10 11:38|大分県大分市大分地区
【祭神】菅原道真 と思われる
【鎮座地】大分市 大字八幡987 柞原八幡宮
【拝路】柞原(ゆすはら)八幡宮の参拝は二度目になった。ここに天神社が祀られていると知ったのは上田延成の絵からか(187)、それとも最初の参拝で何か引っかかるものを残してきたのか?
長い参道を登り
1155CIMG7300.jpg
とりあえず本殿にお参り。
宝物館への道筋に案内板がある。ここに天神社を見つけた。
1155yusuhara.jpg
楼門前を東に
1155CIMG7293.jpg
処女地を歩くような気持ちで東外門
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ここを入ると右手に小祠
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本殿の方は参拝者も多く正月の名残か、多少華やいでいるが、こちらは静寂のなかにある。

1022天神社(王子神社内 王子北町・大分市)

2015.09.18 09:15|大分県大分市大分地区
【祭神】菅原神
【由緒】文亀元年(1501年)創立。駄原村字裏上北側鎮座を昭和八年二月二十四日本社に合併・移動
【鎮座地】大分市 王子北町
【拝路】王子神社の境内左手奥に鎮座。
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天神社の神額
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左から
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梅鉢紋の紋章
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953天満社(八幡・大分市)

2015.07.08 13:31|大分県大分市大分地区
【祭神】菅原道真
【由緒】江戸時代、現社地近くのW氏宅で祭られていた。後に現社地に奉遷された(163)。
【鎮座地】大分市 大字八幡。80-7付近
【拝路】明治初期、旧八幡村に二つの天満社が鎮座していた。一つは祓川左岸に鎮座する503天満社。残りの一つがどうしても見つからない。恐らく祓川の右岸と、勝手に目星をつけて探していたんだが、こんな所にこんな形で祀られていました。下坂本のバス停脇。
953CIMG5716.jpg
集会所を兼ねているようだ。しめ縄が見えるので社殿が祀られているのだろう。
953CIMG5715.jpg

866天神社(片島・大分市)

2015.04.11 08:00|大分県大分市大分地区
【祭神】菅原道真
【鎮座地】大分市片島734 片島大分社内
【拝路】片島の神社付近は旧市街地のようで道狭し。市道から鳥居が見える。
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天神社は境内右手奥に鎮座。
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629角屋敷の天神社(羽田・大分市)

2014.09.30 14:05|大分県大分市大分地区
【祭神】菅原道真 と思われる
【由緒】「この地は、元亀元年(1570)3月大分明神(下郡字神ヶ迫)が大友家兵乱によって兵火にかかった際、御神霊を映した所で、角屋敷(かくやしき)といわれています。当時の神主国家弾正(くにいえだんじょう)の屋敷で、天神社は寛政八年(1796)丙辰3月25日に再建された石祠(ほこら)で社名・年月が印刻されています。国家(くにいえ)家の屋敷神さまとして祭られていますが、3月と11月近所の12軒の人が集い神主を迎えてお祭りしています」(この地域のマップより)。
【鎮座地】大分市羽田3組
【行程】車一台がやっとの狭い道で古くからの集落であろう。桜の木の下、道に背を向けて鎮座している。天神様の原風景の一つかもしれない。
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手水鉢に梅鉢紋が刻まれている。
629CIMG3319.jpg
グーグルの位置は少し間違えているかもしれない。

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627天満社(大分社内・大分市)

2014.09.30 12:15|大分県大分市大分地区
【祭神】菅原道真 と思われる
【由緒】羽田村は府内藩持ち分と延岡藩持ち分に分かれていたようであるが、大分社は府内藩持ち分であったと思われる。
【鎮座地】大分市羽田 大分社内
【行程】豊肥線のすぐ東脇に駐車場があり、隣接して境内地となる。
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天満社は境内の右手、いくつかの境内社と共に祀られている。
627CIMG3301.jpg
この祠には寛政八年(1796)の年号が見える。

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604椎迫天満社(三芳・大分市)

2014.09.05 09:20|大分県大分市大分地区
【祭神】菅原神
【由緒】はじめは社地上手の巌窟内に祀ってあったが、慶長七年(1602年)現在地に奉遷。松尾によれば(86)、もともと本社は、北にある古宮古墳を祭る社であった、と述べている。この際の祭神は「天津神」であった。この天津神が時代とともに天神神に変化していったという。[薙城雑誌](明治初期)に曰う椎迫村の前に通ずる道路を馬上にて通る者は必ず落馬す。怪しみて調べしに道路の上方洞窟内に神まします。依りて里人祠を建てて厚くこれを祀る「椎迫天神」なりと。
【鎮座地】大分市三芳1886番地
【行程】昭和35年ころまでは里山の風景が広がり、神社の境内には椋の木と銀杏の大木があったようだ(86)。今はその面影はない。
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鳥居の前から。
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拝殿の前から
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横から。
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瓦には梅鉢門がみられる。
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603天満社(永興・大分市)

2014.09.05 08:50|大分県大分市大分地区
【祭神】菅原道真
【行程】永興=りょうご。大分市のレンタサイクルの会員になっている。駅からレンタサイクルを利用する。一日200円。大分駅南から堀切峠のすぐ下。
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鳥居の先は谷あいになっている。すぐ右に階段がありその先が境内になっている。
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社殿を横から。
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539千歳天満社(千歳・大分市)

2014.05.15 14:00|大分県大分市大分地区
【祭神】菅原道真
【由緒】
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【鎮座地】大分市千歳1717
【行程】国道197を西進し、短い橋を渡り、コンビニを右に見て左折、南下する。向かいの丘陵地の端あたりが目的地になる。坂道を登りきった右手に案内板がある。視線を右手に向けると、延岡藩役所跡の碑、鳥居と社殿が見える。
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江戸時代、この地域はいくつかの藩や幕府に分割統治されていた。
撫牛と社殿
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撫牛の台座には祝壹千年際、明治三十五年 桃園村などが確認できる。
明治二十二年乙津村、三川村、千才村が合併して桃園村となっている。
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梅鉢紋の曲線がユニークである。


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