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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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1054天満宮(住吉神社内 岡富・西都市)

2015.10.11 15:17|宮崎県西都・児湯地区
【祭神】菅原道真 と思われる
【鎮座地】宮崎県西都市大字岡富963
【拝路】国道219号脇に鎮座。
1054CIMG6543.jpg
境内では子供たちが遊んでいる。住吉神社の社殿
1054CIMG6546.jpg
神社案内の文章から察するに境内左手の祠に大歳大神(農作物の守護神)、稲荷神(商売繁昌)と共に祀られているものと思われる。
1054CIMG6547.jpg

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1053滝下天神宮(右松・西都市)

2015.10.11 10:07|宮崎県西都・児湯地区
【祭神】菅原道真
【鎮座地】西都市 大字右松538付近
【拝路】国道219号の東、集落の北東端に鎮座。ここまで来ると田んぼ越しに一ツ瀬川が見える。後ろ側からの参拝になった。後ろ側から見る社殿は民家の倉庫風であるが前に回ると社殿とわかる。
1053CIMG6533.jpg
右手に由来と書かれた案内板があるが風化が激しい。祭神が道真公であることは確認できた。
南側の参道に鳥居があった。
1053CIMG6538.jpg
社号は案内板の「滝下天神宮建設委員会」から使わせて頂いた。

1052三宅神社(三宅・西都市)

2015.10.11 09:53|宮崎県西都・児湯地区
【祭神】邇々杵命・天児屋根命天太玉命・大物主命・石凝姥命・木花開耶姫命・神日本磐余彦命・応神天皇・(菅原道真)等、合計123神
【由緒】明治五年、三宅村字山路の天満社を合祀する
【鎮座地】宮崎県西都市大字三宅3415
【拝路】後に分かったが西都市街から運動公園に向かう市道の右カーブの左側に参道の案内が出ていた。鳥居がちょっと奥まって立っているので気が付かなかった。
1052CIMG6532.jpg
実際は車で丘の上へあがり運動公園手前の道を南に下って二の鳥居前
1052CIMG6525.jpg
社殿
1052CIMG6530.jpg
境内にいくつか境内社が祀られている。この中に合祀された天満社があるかもしれないがどの祠にも案内はない。
一応祭神として祀られていると判断した。それにしても123神を祭っているとは驚きの一言に尽きる。

742菅原神社(寺迫・都農町)

2015.01.11 16:35|宮崎県西都・児湯地区
【祭神】菅原道真
【由緒】天和七年(1621)の棟札があるという(114)。400年近い歴史があるようだ。
【鎮座地】宮崎県児湯郡都農町18482(寺迫)。
【拝路】ナビの指示で国道10号を左折する。狭い道を道なりに、(いよいよ道が切れそう)、左手に鳥居が見えてきた。
742CIMG4256.jpg
参道は田んぼの中で、一の鳥居先から、正面竹藪の中にある。
階段を下り小さな橋を渡ると二の鳥居、上りの階段になる。
742CIMG4257.jpg
登りきると境内になる。右手に社殿。
742CIMG4258.jpg
境内狭く横からの写真は撮れない。

741菅原神社(山末・都農町)

2015.01.11 16:20|宮崎県西都・児湯地区
【祭神】菅原道真
【由緒】享保20年(1735)拝殿建て替えの記録が残っている(114)というから成立はそれ以前。
【鎮座地】宮崎県児湯郡都農町川北17045(山末)。
【拝路】国道10号から東都農駅に至る道の北側に鎮座。西と南側を林に遮られているので道から見通すことできない。実際は通り過ぎてしまった。
東から。
741CIMG4249.jpg
社殿。
741CIMG4251.jpg
横から
741CIMG4252.jpg


740菅原神社(心見・都農町)

2015.01.11 16:05|宮崎県西都・児湯地区
【祭神】菅原道真・外数柱
【由緒】「貞亨寺社帳」に天神とある(114)。※貞享(じょうきょう)、1684年から1687年。
【鎮座地】宮崎県児湯郡都農町字川北16407。心見=こころみ。
【拝路】国道10号を右折、道なりに東の方へ。左右どちらかにそれらしい建物が見えるはずだがと思いながら進んで、結局突き当りまで来てしまった。前方に旧リニアの試験線の高架が見える。今はソーラーパネルを敷き詰めている。地図を確認し、引き返す。今度は川の方に向かう道に一度、そして二度目で神社を見つけた。
740CIMG4247.jpg
確証はないが本社が菅原神社と思われる。
横から。
740CIMG4248.jpg

739上名貫神社(篠別府・都農町)

2015.01.11 15:30|宮崎県西都・児湯地区
【祭神】菅原道真
【由来】天保四年(1833)の「天保寺社帳」に天神とある(114)。
【鎮座地】宮崎県児湯郡都農町川北424-2。424-4付近。
【拝路】国道10号線を北上し、川南町名貫の交差点の先を左折する。細い道を道なりに進むと鳥居が見えてくる。
739CIMG4241.jpg
土間の拝殿。
739CIMG4242.jpg
横から
739CIMG4243.jpg
紋章は星梅鉢。
739CIMG4244.jpg

258菖蒲池天満宮(高鍋町)

2013.01.08 14:15|宮崎県西都・児湯地区
【祭神】菅原道真公
【由緒】延徳三年(1491)11月28日財部城主財部(たからべ)太郎権守(田部姓土持興綱)の時に建てられ、学問の神様として崇敬されている。天正15年(1587)秋月種長公が財部移封の際、大宰府の神官平右衛門という者が、秋月氏領内の大宰府天満宮の神霊を背負うて来て、菖蒲池天神宮に合祀したと伝えられる。平右衛門は、寛文三年1月28日没し、この境内に祭られている。社殿は、大永・寛永・享保・宝暦・寛政・天保・大正の各年間に造営した記録がある。
【例祭】7月・11月25日
【行程】県道の脇に鳥居・境内がある。
258_5022.jpg
社殿の色の使い方がちょっと独特である。
258_5025.jpg
紋章の梅の使い方も初めて見る形である。
258_5027.jpg
こちらもこれまで見たどの形にも属さない。
258_5026.jpg


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257菅原神社(蚊口浦・高鍋町)

2013.01.08 14:00|宮崎県西都・児湯地区
【祭神】菅原道真 と思われる
【行程】10号線を小丸川を渡って(そういえば昔、オマルガワと言っただけでケラケラ笑うヤカラがいた)、高鍋町に入る。最初の大きな交差点を左折し海の方に向かう。大通りから住宅地に入り、小さな交差点を右折すると鳥居が見えてきた。
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参道に植えられている水仙がボツボツ花を咲かせ始めている。

そんなに暗くもないのにフラッシュが焚かれてしまった。ボチボチカメラも買い換えないといかんなー。
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右手に幼稚園、左手は梅園、裏手にお地蔵様達が置かれていた。
257_5020.jpg

蚊口(かぐち)という名称は、語源的にはその位置が小丸川と宮田川の両河口であることから「川口」であったものが「かぐち」に変化したものであるといわれています。

藩政時代の蚊口浦は日向灘に面し、北の小丸川と南の宮田川との間に位置し、宮田川がその河口あたりから蛇行して北に流れ、小丸川の河口に注いでいたためにいわば島のような形であったそうです。城下町から約壱里(4km)のところにある独立した集落であり、船乗りや商人たちが多く住んでいたようです。寛政四年(1792)蚊口浦を訪れた高山彦九郎は700軒ばかりの人家があったと「筑紫日記」に書いているので当時この港は相当賑わっていたことが想像されます。当時尾鈴山系の木材は高鍋藩の重要な財源でした。切り倒した木材を小丸川に流して、筏に組んで運び出し、蚊口港に集積して、そこから外部へ搬送し資金を稼いでいたものと思われます。又当時宮田川は川幅も広く、水量も多かったので川舟を使って生活物資を上流の集落へ運んだといわれています。
こちらより頂きました

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256平田(へいだ)神社(川南町・宮崎県)

2013.01.08 13:30|宮崎県西都・児湯地区
【祭神】日本武尊・速玉男神・御年神・事解男神・瓊々杵尊・菊理比売神・菅原道真公
【由緒】明治43年菅原神社(祭神菅原道真公)を合祀。
【祭日】1月1日元旦祭2月25日祈年祭(春祭り)7月夏祭り11月15日七五三祭11月25日例祭11月26・7日神幸祭12月31日大祭焼納祭除夜祭
【行程】国道の脇にあるのは一の鳥居だろうか。右手の方に社叢らしき森が見える。
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鳥居の根元にある榊?の供え方、竹の筒に差し込んでいるのだろうか。この方が長持ちしそうである。私の地区ではそのまま地面に突き刺すようにしている。それにしてもこの木はなんであろうか。

桜の木の並木を過ぎ右にゆるく回ると、二の鳥居と社殿が見えてくる(写真は拝殿から二の鳥居方面)。
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階段を上がり、知恵の輪?の先に社殿がある。
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