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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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11谷保天満宮(谷保・国立市)

2011.07.29 11:38|東京都多摩北部
【祭神】菅原道真公・菅原道武公
【由緒】菅公が太宰府に左降の折、第三子道武はこの地に配流せられた。父君薨去の報に、道武公は思慕の情から父君の尊容を刻み鎮座したのが起りである。養和元年に天神島(現府中市本宿)より神殿を現在の地に遷座した。湯島天神、亀戸天神とならび関東三天神と称される。
【例祭日】9月25日【神紋】梅鉢(鬼瓦、賽銭箱、天水桶)【撫牛】二体
【鎮座地】東京都 国立市 谷保5209 
【行程】深志神社にお参りした翌日、松本からの帰りに立ち寄った。
中央線を立川で降り、南武線に乗り換えて、谷保で下車する。

宅地の中の道を道なりに西の方に歩くと、大きな通りに出る。
数分で谷保天満宮前の交差点と、その先に鳥居が見える。
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鳥居をくぐり、参道を進むと、下に降りる階段があり、下った右手に本殿が見える。
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撫で牛が1体おいてある。
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こういう造りの牛も珍しい。
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その先にも1体奉納されている。
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紋章は剣梅鉢である。
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10深志神社(深志三丁目・松本市)

2011.07.28 16:41|長野県
【祭神】建御名方富命(たけみなかたとみのみこと・お諏訪さま)・菅原道真公
【由緒】天満宮は、小笠原貞基公が応永9年(1402)、居館である井川館近くの鎌田の地に京都・北野天満宮より勧請されていたが、のち江戸時代の慶長19年(1614)6月25日(菅公の御誕生日)、後裔である小笠原秀政公が、宮村明神の北側にさらに勧請され、並び祀られた。その後、天保12年(1841)に両社を統合し、「深志神社」と定めた。
【神紋】梅鉢(あちこちに見える)
【例祭日】7月24・25日
【撫牛】二体
【行程】松本への出張が決まった。松本に天神様はいたのかと思って、名簿を見ていたら有りました。

深志神社。

深志?。深志城はビデオゲーム「信長の野望」でお馴染みの所であった。
深志と松本は同じ所であった。

このことがなければ、日帰りの予定であったが、駅前のビジネスホテルに宿をとった。
宿の脇の道をほぼまっすぐ北の方に歩いて行けば、目的の所に着くはずであった。

仕事が早めに終わったので、チェックインし、ゆっくり歩いて行く。
松本は、整頓された町と言う印象受けた。
交差点を二つほど渡り、五分ほど歩くと、道の向こうに鳥居が見えてきた。
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造りはちょっと妙であった。
本殿の前に神楽殿があり、そう広くない境内がちょっと窮屈に思える。
どちらも朱が鮮やかなのが印象的である。
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撫で牛が鳥居を入ってすぐ右、神楽殿の手前に一体奉納されておりました。
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危うく見逃すところでした。
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この祠の中に木造りと思われる撫で牛が奉納されていました。
これは珍しい。
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尚、この神社は社報なる小冊子が置いてありましたので、頂いて帰りました。
第12号でした。

紋章は剣梅鉢のようです。


より大きな地図で 天満宮散策 を表示

9五條天神社(上野・台東区)

【祭神】大己貴命(大国主命)おおなむじのみこと(おおくにぬしのみこと)少彦名命すくなひこなのみこと
【相殿】菅原道真公
【由緒】寛永十八年(約三百五十年前)に合祀され、歌の道の祖神として俗称下谷天満宮とも云われました
【例祭日】5月25日【神紋】星梅鉢(神灯)
【鎮座地】東京都 台東区 上野公園4−17
【行程】ここだったのか。上野公園界隈には何度か訪れており、この神社の鳥居もくぐった記憶がある。
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上野公園と不忍池を結ぶ道の中腹、段丘の坂に作られている。
この神社は江戸の前より、上野公園内の擂鉢山あたりに鎮座していたが、寛永寺の造営(1625年創建)に伴って移転を余儀なくされ、今のアメ横あたりに移転、その後昭和になって現在の場所に落ち着いたようである。

本殿の前の灯篭には天神様の紋章がある。
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参拝者も数人で静かな境内である。
しばらく散策し、上野公園の方へ、稲荷神社の鳥居を抜けて帰途に就いた。

尚、撫で牛は奉納されていない。

追記
灯篭の紋章がはっきりしなかったので、後日、知り合いに携帯の写真で写してもらった。
紋章は、星梅鉢であった。

より大きな地図で 天満宮散策 を表示

8湯島天満宮(湯島・文京区)

2011.07.22 14:53|東京都文京・新宿区
【祭神】菅原道真
【由来】太田道灌江戸の静勝軒にありし頃(文明10年{1476}6月5日)、夢中に管神に謁見す。あくる朝、外より管丞相親筆の画像を携え来る者あり。すなわち夢中拝するところの尊容に彷彿たるをもって、ただちに城外の北に祠堂を営み、かの神影を安置し、かつ梅樹百株を植え、美田等を附す(江戸名所図会より)。案内板では文明4年郷民による勧請とある。尭恵の「北国紀行」(1487)に本社の記録がある。
【神紋】梅鉢
【撫牛】二体
【行程】湯島天満宮は、千代田線湯島のすぐ近くである。
駅を地上に出て、数分も歩けば参道の階段に着く。
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階段を上り境内に入る。
こちらは、夫婦坂、本堂の裏手からになるようなので、正門に周り参拝する。
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鳥居をくぐると左側に一体の撫で牛がいる。
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手洗い所の先にさらに一体撫で牛がいる。左横臥の姿勢は多くないが、この形は本堂との位置関係によるものであろう。本堂に向かって、左側に配する場合、右横臥であると、参拝客に背を向けることになり、好ましい形とは言えなくなる。
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7牛天神北野神社(春日・文京区)

2011.07.22 11:03|東京都文京・新宿区
【祭神】菅原道真
【由緒】「当社は寿永三年の春 右大将 源頼朝卿東国追討の時 此処の入江の松に船を繋ぎ和波を待つ その間夢に菅神牛に乗りて現れ 頼朝卿に二つの幸あらんことを告げ 武運満足の後は 必ずや社を営み報ゆべしと託し給ふ 頼朝卿目覚めて傍を見れば 一つの岩石ありて 夢の中に管神の乗り給ひし 牛に似たり 依りて是を奇異とせしが 果たして同年の秋頼家卿誕生あり 更に翌年には動かずして 平家を悉く退け国を鎮定せり その報?として此処に 御神を勧請ありて御神領等を寄進す 因って御創立はこの年 元歴元年(1184年)なり と伝ふ」
【撫牛】三体
【神紋】梅鉢(神殿の各所)
【例祭】5月25日


この社は遠かった。
平河天満宮を半蔵門に戻り、路線案内に従って、九段下で東西線に乗り換え飯田橋で降りる。

駅で周辺の地図を手に入れ、目安を付けて、地上に出、イメージした道を歩き始めた。
もう30分歩いた。しかし、目安とする地名、安藤坂、が見えてこない。腹も減ってきた。

坂の中腹に交番があった。交番の地図を見ていたら、若い婦人警官が声をかけてきた。
まだ高校生の臭いがするような丸顔で、ニキビのあとらしいあばたが見える。
訳を話すと、中に案内された。本人もタイトルの神社は知らないと見えて、大きな地図を出して来て、探し始めた。見つからない。さてどうするか見ていると、電話案内で神社の電話番号を聞き、直接神社に電話し場所を確認してくれた。真に親切な婦警さんであった。

「お客さん、この道を戻り、三つ目の信号、筑土八幡、を左に曲がり、そのまま行くと大きな通り、目白通り、に出るので、そこを右折すると大曲、そこにも交番がある、に出るので、その交差点を白鳥橋方面に行くと、安藤坂にでますよ」。

婦警さんの言う通りであった。30分も歩くと安藤坂が目の前にあった。その先の交差点の右角に、教育センターがあり、後で思い返すと、婦警さんの言う通り、このセンターを左に見て、右の路地を進めば牛天神北野神社の前に出れたのである。
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ところが、話半分に聞いていた私は、これを見過ごし、道なりに坂を上り切り、春日通りまで行ってしまったのである。腹も減ったし、コンビニがあったので、おにぎりを3個仕入、通りを数分歩くと、北野神社のノボリが道を挟んではためいていたので、右折する。

左は中央大学らしい。しばらく歩くと警視庁の官舎らしき建物があり、誰かいないかと窺っていると、中年の婦人が出てきたので、尋ねる。
来た道を道なりに行くとありますとのこと。
・・・・・。
有りました。
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桜の木の下の小石に腰を下ろして、ベンチでもあればいいのに、買ってきたおにぎりを食べる。サラリーマン風の人が一人、左手の階段を上がってきて、境内を横切って行った。昼下がりの静かな境内である。

撫で牛は1対、社宮の囲いの左右に奉納されている。
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右手には111
さらに左手の奥に、源頼朝に縁のあると言う牛石(自然石)が置かれている。
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尚、江戸時代の地図には別當竜門寺牛天神とある。
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【追記】池波正太郎はこのように書いている「むかし北条氏康がこの地に菅公を祀ったのがその由来であるそうな。のちになって加賀百万石の太守・前田公が社を再建したもので、その時に植えた白梅がいまも残っていて、長谷川平蔵もいつであったか、この牛天神の梅を見に来たことがある」
7-map2.jpg

6平河天満宮(平河町・千代田区)

2011.07.22 10:15|東京都港・中央・千代田区
【祭神】菅原道真・誉田別命(ほんだわけのみこと)・徳川家康
【由緒】江戸平河城主太田道灌が、菅原道真公の霊夢を見て、文明十年城内に天満宮を建立、その後、徳川家康が築城のため本社を平河門外に奉遷し、慶長十二年二代将軍秀忠公に依り、現在の地に奉遷され地名を本社に因み平河町と名付けられた。
【紋章】梅鉢(燈明・鳥居の基礎)
【例祭日】4月25日
【撫牛】5体
【行程】地下鉄半蔵門線の半蔵門をたしかA2出口で地上に出る。
目の前に案内図があり、目的地を確認する。
右手の角を右に曲がり、2ブロック角のコンビニの前の道を左に進んでゆくとあるはず。
ありました。が、本堂の裏のようである。096


小さな路地を反対側に進むと正面に出ました。
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想像していたものより広く、立派な社です。
ここには、撫で牛が5体奉納されていました。
キツネとのコンビがユニーク。両者が顔をそむけているのもいい。100

対で奉納されている左手のもの。
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これは上記の右手のもの。
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これらの本堂よりにさらに1対。銀座の有名な肉屋さんの寄進によるものらしい。
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従って、合計5体の撫で牛がいます。この数はこれまでの都内の最高です。
それだけ裕福で信心深い信者が多いということか。

紋章は梅鉢のようです。



tag:太田道灌