FC2ブログ
07 | 2011/08 | 09
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
プロフィール

牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

最新記事

カテゴリ

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

検索フォーム

リンク

QRコード

QR

カウンター

牛の角

2011.08.12 02:54|牛の情報
 方向によって

い字型(上向かい内曲がり角);いの字型に上向かい内曲がりになったもので、最も好まれる形である。

高角(上向かい外曲がり角);上外方に高く伸びたもの。

低角;やや下方に垂れたもの。

弓形角;側上方に出てその先端が内方に向かい、弓形を呈したもの。
Tuno_katati




前角;前頭骨より直ちに前方に向かって出るもの。

後角(後向角、ノケ、ヤブクグリ);前頭から直ちに後方に向かうもの。

垂角(下向かい角);ビンダレとも言い、下方に向かいその先端内方に曲がるもの。

水平角(横角、張角);真直側方に伸びたもの。
Tuno_katati2



スポンサーサイト



横臥(おうが)

2011.08.11 08:01|牛の情報
牛は横たわるとき、左側を下にする場合(左横臥位)と右側を下にする場合(右横臥位)とがある。

平将門

2011.08.10 05:27|所縁の人々
生年は903年とするが、884年頃との意見もある。

15.6歳で上京(平安京)し、27.8歳で東下する。

従って、平将門は菅原道真と会っているか、少なくても名前は知っていた可能性が大きい。

道真は西に下ったので、二人は同時代に似たような境遇を経験している。

940年3月25日死。

菅原道真

2011.08.09 08:36|所縁の人々
845年8月1日 生

901年 太宰府へ流される。

903年3月26日 薨去

919年 安楽寺天満宮(後の太宰府天満宮)

鈴木春信(1725-70)「天神図」(1751-64)
mitizane1IMG
「我たのむ人をむなしくなすならば 天が下にて名をやながさん」
寺子屋に天神図が飾られていたいたようで、浮世絵師の題材になっていた。
鈴木春信の天神図はこれしか残されていない。

文人の道真公は帯刀していないと思っていたが、この絵は刀を帯びている。

鳥居清満(1735-85)「」菅丞相」(1764-72)
mitizane2IMG.jpg
「こちふかばにほひをこせよ梅の花 あるじなしとて春なわすれそ」

このような浮世絵を水絵という。明和期の初めに一般的になった

【引用文献】381 メアリー・エインズワース浮世絵コレクション 千葉市美術館/編 千葉市美術館 2019


14白井木戸新田天神社(白井市)

2011.08.06 15:30|千葉県白井市
【祭神】菅原道真
【由緒】白井村誌によれば享保十五年(1730)の勧請とある。明治14年測量の地図に本神社の絵と思われるものが挿図されており、それには白井木戸新田天神社とある。
【鎮座地】千葉県 白井市 根417番地


木下街道を競馬学校を目指して行けば、その入口の角地にある。
本殿の裏に車が数台置けるくらいの駐車場がある。

017

境内は結構広い。白井天満宮の数倍の広さはあり、一応きれいにされている。
普段は無人のようで、右手の社務所のような建物には「白井木戸神社」の電話番号が記されてあった。

撫で牛はなく、紋章も判別出来なかった。

13白井天満宮(白井市)

2011.08.06 15:15|千葉県白井市
【祭神】菅原道真
【由緒】白井村誌にある下郷谷の天神社と思われる。享保十五年の勧請とある。こちらのサイトを参照すると別である可能性もある。
【鎮座地】千葉県 白井市 根95-2の北東隣


白井天神社は国道16号と木下街道の交差する南東部にある。
16号を柏方面に向かい、交差点を左折すると、その左手に鳥居がある。
見落としやすいので気を付けてみること。
013

民家風の建物が社となっており、隙間から中をのぞくと「白井天満宮」と書いた幟が立てかけてあった。
016


由来、紋章は不明である。
撫で牛は置かれていない。

享保15年(1730年)9月15日勧請。

12馬込天満宮(馬込町・船橋市)

2011.08.03 15:10|千葉県船橋・習志野市
【祭神】菅原道真
【由緒】馬込は延宝二年(1674年)藤原正清一族の入植に始まる。このころ村の鎮守として創建されたと思われる。ここから西の市営霊園付近にも天満宮があったらしく、元はこちらであった可能性もある。この祠は現在地に埋められているそうだ。大正9年に改築されたことはたしかなようである。向きを大宰府の西南西に向けている。
追記修正 2017年4月3日
【紋章】変り剣梅鉢(屋根)【鎮座地】船橋市馬込町725番地


本やしろは、東武野田線の馬込沢の駅のすぐ近くにある。
船橋方面から行くと、駅直線の徐行する電車の右手の踏切の脇に見える。
002


駅を右の方、木下街道沿いの小高い岡に、電車の踏み切りの近くに階段がある。
真夏の昼下がりなので、階段も境内も人の姿はなかった。
003


境内の右奥に社があった。
004


周辺は小奇麗に整理・清掃がされているようで気持ちがいい。
小高いので、木下街道の人や車の通りや、電車が良く見える。
裏は住宅地につながっているようである。

どういういわれがあるのか、案内板がないので良くわからない。
ただ、紋章は変り梅鉢で、亀戸天神のものと極めてよく似ている。

撫牛は置かれていなかった。


より大きな地図で 天満宮散策 を表示