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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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93八瀬天満宮(京都市)

2012.03.29 10:31|京都市左京・中京・東山
【祭神】菅原道真
【鎮座地】京都市左京区八瀬秋元町639番
京都駅から大原方面のバスに乗る。
春休み中とは言え、平日の花見シーズン前であろうか思ったほど混んでいない。

市街地から山間、谷間に入り、「ふるさと前」で下車する。
横断歩道を渡り、旧道に入ると、左側に鳥居が見える。
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山間の静かな参道。正面の森の中に社殿がある。
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階段の上に、社殿。
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階段を登り切った右手に撫牛。
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神紋は星梅鉢でした。


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92文子天満宮(下京区・京都)

2012.03.29 08:40|京都市下京・南・右京区
【祭神】菅原道真公[相殿] 文子比売(菅公乳母) 伴氏(菅公御母君) 是善公(菅公御父母)
【由緒】菅原道真公の乳母であった多治比文子は、自分の家の庭に小さな祠(ほこら)をもうけ、道真公を祭っていた。ある時、道真公から文子に、現在の北野天満宮の地にまつってもらいたいとの託宣があった。このことから本社が「北野天満宮の前身神社」と称される由縁です。
【撫牛】二体
【神紋】星梅鉢
【鎮座地】京都市下京区天神町400番
【行程】文子=あやこ と読むらしい。千喜満悦天満宮のすぐ先を左折し、高倉通を南に歩く。
しばらく歩くと道、文子天満宮の案内板が見える。道はT字路になり、右折する。

さらに少し歩いて、突き当り、その通りの左側に見える。この通りは間之町通と言うらしい。
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正面から。
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門の外に左右、撫牛がいます。
右。
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こんな立派な鼻環は初めて?。
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文子像と社殿。
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オガタマの大きな木がある。
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神紋は星梅鉢。


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tag:洛陽天満宮二十五社

91千喜満悦天満宮(下京区・京都市)

2012.03.29 08:30|京都市下京・南・右京区
【祭神】菅原道真 と思われる
【鎮座地】京都市下京区五条通高倉東入南側
火除天満宮前の寺町通りを南に下り、河原町通りに合流する。
その先の河原町五條の交差点を右折する。向かいの交差点の横断歩道を渡り、富小路通りの前に来る。

この通りを南に進んでもよかったのであるが、結果的に五条通を西に進んで幸運であった。
数分も歩くと、左手に小さな祠があるので何気なく覗いてみると、なんと!天神様であった。
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ちょっと写りが悪かったが、撫牛も鎮座していました。手前の小さな白牛もユニークであるが、右前脚を出しているのも珍しい。
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tag:洛陽天満宮二十五社

90火除天満宮(下京区・京都)

2012.03.29 08:15|京都市下京・南・右京区
【祭神】菅原道真公
【由緒】天正7年(1579年)に六条通に創建されたと伝えられ、同15年(1587年)烏丸二条に大雲院が創建されるとその鎮守社として移転。慶長2年(1597年)豊臣秀吉の命により大雲院とともに現在地に移された。大雲院は昭和48年移転。
【鎮座地】京都市下京区貞安前之町613番
錦天満宮から四条通に出て、右に進み、すぐ先の交差点を渡り、寺町通りを南に進む。
すると左手のビルの角地に見えます。
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近づいてみると、鳥居と参道があり、本殿はこのビルの反対側になるらしい。
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正し、ここも門に鍵がかかっており、中には入れなかった。
参道に撫牛が1体。背中だけですが。
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本殿も外から。
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神紋は星梅鉢です。


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tag:洛陽天満宮二十五社

89錦天満宮(中之町・京都市)

2012.03.29 08:05|京都市左京・中京・東山
【祭神】菅原道真公
【由緒】平安時代前期の十世紀初頭、菅原道真公の生家『菅原院(歓喜寺)』に創建された。300年後、正安元年(1299年)、菅原是善邸の天満宮とその神宮寺である歓喜寺を合併し歓喜光寺とした。天正年間(1573 - 1592)に豊臣秀吉によって、寺だけが四条京極へ移転させられて境内にあった本天満宮が残った。ここでは創建1299年とする。
【鎮座地】京都市中京区中之町537。ホームページ
京都駅を、バスで四条河原町を下車する。
バス停の進行方向左手のビルの基礎付近に錦市場の案内がある。

ビルの合間の路地を抜けて進む。
京都のご婦人は親切である。道を尋ねると、通り道だから案内してくれるという。

丁度、天満宮の前に連れていただいた。
ところが、開門が八時であるらしい。

この前の通りが錦市場の通りらしい。奥の突き当りが錦天満宮。
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まだ早朝なので、人通りも少ない。東西の東側に社があるので、逆光になる。
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八時ちょっと前に、開門。門を入って右側に撫牛が1体。工事中で足場のパイプが入ってしまいました。
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【補足】池波正太郎の「おれの足音」に「内蔵助が、錦天神の前を行きすぎ・・・」とある。

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tag:洛陽天満宮二十五社 菅公聖蹟二十五社

88上野天満宮(赤坂町・名古屋市)

2012.03.28 16:00|愛知県
【祭神】菅原道真公
【由緒】平安時代中期に安倍晴明(920-1005)一族が当地(千草区晴明山)に住んだ頃、菅原道真の御神霊を祀ったのが起源とされる。
【鎮座地】愛知県名古屋市千種区赤坂町四丁目89番
【拝路】行って知ったのだが、名古屋には三大天神があるらしい。
山田天満宮、桜天神社、そしてこの上野天満宮である。
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ちらしには地下鉄名城線砂田橋とあるが、茶屋ヶ坂で下車する。出口1に向かい地上に。それを右方向に向かう。
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大きな茶屋が坂の交差点があり、ここの電柱に上野天満宮の案内がある。この交差点を右折し、二車線の大きな通りを西の方向に向かう。空気が冷たく、西風が強い。名古屋は寒い。
セブンイレブンの手前の横断歩道を渡り、シダックスを後ろに見、左に曲がって、住宅街に入る。
数分も歩くと、遠くにそれらしい景色が見えてきた。
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右手に境内を見、右折して正面に回る。
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満開の紅梅が何とも言えない。
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手水舎の紋章は剣梅鉢であった。
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撫牛が左に。
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右に。牛の周りにおいてあるものはなんなのか?
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境内の右手にアベマキ。
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tag:名古屋三大天神

87天神社(中山・船橋市)

2012.03.25 15:03|千葉県船橋・習志野市
【祭神】菅原道真
【由緒】大正14年に社殿を新築したことは確かなようであるが、これが創設にあたるのか、建て替えによるのかは、判然としない。現在社殿の右側にある撫牛は、平成5年に神社の入口から移されたようである。この近辺は旧小栗原村にあたる。
【撫牛】一体
【紋章】梅鉢
【鎮座地】船橋市本中山一丁目9番地
【行程】京成中山を下車し、14号方面に進み、住宅街への道を右折する。
丁度、駅の真裏にあたる所に鎮座している。
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梅の花が丁度見ごろで、メジロもいる。
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本殿。
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本殿の右手に撫牛。コンクリート製。
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紋章は梅鉢である。

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tag:京成線

86千葉天神(千葉神社内)

2012.03.25 13:16|千葉県千葉市中央・緑区
【祭神】菅原道真
【由緒】千葉神社は明治維新後の改称で、以前は妙見寺である。大治元年(1126年)、千葉常重(1083-1180)が土気の大椎城から千葉の亥鼻城に移ったのち本堂を造営し、鎮守として稲荷大明神・天満天神などを造立。その後度々の火災で建物は失われている。天保四年の院内見取り図では天神社を見ることは出来ないが、威徳院が見られるので、ここに天満天神が祀られていた可能性はある。現在の祭神がその当時のものか不明であるが、創立は1126年とする。
【鎮座地】千葉県 千葉市 中央区院内一丁目16番1号 千葉神社境内


千葉神社には何度かお参りしたことがあるが、天神様ことはとうに忘れていました。
ここの神社は、門の前が広々していることと、門の華麗さが印象的である。
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門を入ると正面が妙見様で、その左手奥に天神様があるようです。
左手の池を渡る手前の小さな鳥居に知恵の輪が。
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橋を渡って、
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右手に進むと社があります。立派です。
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紋章は、星梅鉢のようです。この地域ではちょっと珍しい。
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本殿の右手に力石。
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【参考文献】社寺よりみた千葉の歴史 昭和59年 和田茂右衛門

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85天神社(赤井稲荷神社内・千葉)

2012.03.25 11:25|千葉県千葉市中央・緑区
【祭神】菅原道真 と思われる
【由緒】明治39年4月吉日創立
【鎮座地】千葉県 千葉市 中央区赤井町156番 赤井稲荷神社境内


千葉市南部、市原市と境を接するあたりは上総と下総の国境で古来幾多の争奪戦が繰り広げられていたようである。
戦国時代、千葉市中央区生実町、旧北生実村に北小弓城があった。
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その地図が残されており、その中に天神社と通称天神山の記載が見える。しかし現存していないが、こういったものが簡単になくならないだろうと思いつつ、明治15.16年の地形図に、この北小弓城の北側、赤井村に天神社が確認できる。こんなことを考えながら、神社探訪さんのサイトを眺めていたら、赤井稲荷に天神社が合祀されている、で出かけました。
京成の学園前で下車し、北小弓城跡を一回りし、赤井稲荷へ。尚、生実町会のホームページに詳しい説明がある。
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天神社は左手の祠の中にありました。結果的に社の後ろ側から入ってしましましたが、
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参道はこちら。
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車道側の入り口は、梅の木を目印に。
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84天神社(古市場・市原市)

2012.03.16 14:40|千葉県市原市(旧市原市)
【祭神】菅原道真
【由緒】旧古市場村の氏神。高島氏の創建。千葉氏の臣高島恒重陣屋を構えて居住す。文学を好み、菅原道真を尊崇し治承二年戊戌(1178)廟を造り之を祀れり。
【鎮座地】市原市古市場116番地(千葉市の古市場町ではありません)
【例祭日】1月25日・10月25日
【撫牛】二体【神紋】梅鉢
【行程】京成学園前で下車し、大百池(おおどいけ)を左に見て、廣照寺で休憩し、田んぼの中の歩道のない道を進む。パチンコ屋で用を足し、これを右折しする。左手にセブンイレブン、道を挟んでラーメン店。この先食堂は無さそうなので、よく歩き、一時を過ぎたのに腹も減っていないが、ラーメンを食し、しばし休憩。

再び歩く。相当近づいてきた。T字路の交差点にバス停があり、ご婦人がいたので聞いてみる。よくわからないらしく、左手の店屋に聞けばと言う。店にはおばあさんがおり、聞いてみるもよくわからないらしく、おじいさんを呼ぶ。

「この先の路地を左手に入り、先へ行くと二股に分かれているがどちらをいってもありますよ」

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境内は相当広いが、雑然とあるという感じである。梅鉢の紋章が見える。
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撫牛は見えないが、狛牛?が左右にいる。
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左。
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社殿の左手にイチョウの古木が。
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ここのすぐ先は村田川が流れており、川を渡った菊間には古墳が多く残されている。古代からこの地域は千葉の歴史の表舞台となった所である。
尚、写真は携帯でとったものである。


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tag:京成線