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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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149天満宮(天祖神社内 堀切・葛飾区)

2012.06.27 15:00|東京都葛飾・荒川区
【祭神】菅原道真 と思われる
【行程】京成線の堀切菖蒲園から歩いてすぐ、五分程度である。
住宅地の中に鳥居があるので、方向さえ間違えなければ見失うことはないだろう。
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境内に入り、社殿に向かって右手の、小さな鳥居の先の丁度お稲荷様の裏に、右に弁財天、左に天満宮が見える。
149_3452.jpg
天満宮とある。祠の左側は判読不可、右側に昭和四??月吉日と読める。
149_3453.jpg


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tag:京成線

148関屋天満宮(氷川神社内 千住仲町・足立区)

2012.06.27 14:09|東京都足立区
その人の口から出た言葉は、遠い昔、どこで聞いたのか「ヤッチャ場」。
あとで調べてみると、このあたりをヤッチャ場と呼んでいたようである。

足立区文化財??委員。胸元で揺れているIDカードにはたしかそのようにあった。
「知ってました。ここの弁天様はちょっと珍しい形式なんですよ」と、社殿の右手にある弁天様を案内してくれる。

「いや、今日は天満宮にお参りに来たんですよ」と言うと、今度は社殿の左手にある天神様を案内してくれた。
「この石碑も貴重なんですよ」。「石碑の裏に漢詩が刻まれているんですよ」

裏に回ってみると確かにそれらしい。雨風に削られて判読しずらい。
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当人はあまり天満宮には関心がないらしく、話が神社の祭りになった時、「ヤッチャ場」と。何か誇らしい口調であったこととその語感が印象深い。
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おそらく、ポールのための留め具の蓋だと思われるが、梅鉢が刻まれている。
148_3445.jpg
境内にヒマラヤスギ、スギと言っても松の仲間だそうですが、の大きな松ぼっくりが。
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147天満神社(白山神社内 文京区)

2012.06.27 12:00|東京都文京・新宿区
都営三田線白山を下車。
参道にある町名案内によれば、この辺は白山神社の門前町と発展したとある。
147_3425.jpg
鳥居も大きく境内も広い。こちらは西からの参道にあたる。
147_3427.jpg
天満神社は、南からの参道の左手にある。
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他の神様と共に合祀されている。
147_3431.jpg
合掌。
昼時になったので、駅に戻り、ここで昼食を頂きました。
147_3437.jpg


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tag:三田線

146桜木天神(本郷・文京区)

2012.06.27 11:40|東京都文京・新宿区
大江戸線の本郷三丁目の駅は、春日通りと本郷通りの交差点の真下に、春日通りにそっている。従って、出口3は春日通の南側に出る。

桜木天神は、出口3の斜め左、春日通りの北側に鎮座している。数分も歩けば鳥居が見える。
146_3422.jpg
境内の右手に手水舎、社殿はすぐ前にある。
146_3421.jpg
紋章は梅鉢。
146_3417.jpg



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tag:大江戸線

145今宮神社(音羽・文京区)

2012.06.27 10:25|東京都文京・新宿区
地下鉄有楽町線の江戸川橋の出口1aを出る。首都高速の下を、神田川の橋を渡り、北に向かう。
五分も歩くと目白坂下の交差点がある。これを渡り東側の細い道の先に神社が見える。

神社の境内から交差点の方向を見るとこんな感じである。
145_3415.jpg

ここは道真公を祭神として祀っている。
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二礼二拍手一礼。

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tag:有楽町線

144天神社(神明神社内 飯山満町・船橋市)

2012.06.22 17:30|千葉県船橋・習志野市
飯山満町=はさまちょう 新しい地名かと思ったが、江戸時代からの名称らしい。
【祭神】菅原道真 と思われる
【由緒】大正以前に境内社 天神社として鎮座。神明神社は延宝7年(1679年)らしい。この集落もその頃形成された可能性があるので、天神社もその頃かもしれない。
【神紋】不明【鎮座地】船橋市飯山満町1-639
【行程】船取線沿いの東側、神明幼稚園の脇に一の鳥居、その先に二の鳥居がある。参道に紫陽花がチラホラ。
144_3401.jpg
境内は結構広く、鬱蒼とした雰囲気である。シイやクスノキの大木がある。
144_3410.jpg

社殿の右手に小さな境内社が二つ。奥の方が天満宮と思われる。
144_3403.jpg
扉の隙間から覗いてみると、かすかに天満と読める。座像も安置しているようである。
144_3405.jpg
神紋は確認できない。

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143長沼原神社(長沼原町・千葉市)

2012.06.20 11:53|千葉県千葉市花見川/稲毛
【祭神】天照大神・菅原道真・二宮尊徳
【由緒】昭和二十三年組合の敷地内に建立。最初の神社は標柱を一本建てただけであった。二十五年頃、亥鼻山の護国神社の古宮を譲り受けて御社にした(348)。国道十六号の整備に伴って、現在地に移転、補償金で東京浅草の専門店で伊勢神宮の十分の一に正確に模写し新しい社にした。元の古宮は下横戸の第六天神社に移築(70、348)。神社の創建は神主の資格を持っていた川名貞治郎氏の役割が大きかったようだ(349)。祭神はわざわざ伊勢神宮まで行って分祀を頂いたようである(350)。道真公・尊徳を祭神に頂いた経緯は不明であるが、開拓の精神には適切な選択であったように思われる。
【鎮座地】千葉市稲毛区長沼原町212-1


これまで見たこともない風景である。鳥居の前に広がっている芝生の広場が、なんとも爽快である。
143_3395.jpg
境内の左手に石碑がある。
「昭和二十年八月十五日大東亜戦争の終結により復員外地引揚者 戦災者等が国策として行われた開拓に加わり帰農組合を結成し混乱せる社会の安定と国?食糧増産を祈念し速やかなる祖国再建を図る為下志津陸軍演習場に入植し荒野に開墾の鍬を下す昭和二十年曙 千高 池の辺 千葉農場の各帰農組合が合併して同愛組合もこれに加わり長沼原開拓農業協同組合??識し爾来本組合を中心に一致団結組合員の祖国愛と不屈の精神と倦まざる努力により二百餘町歩の荒野??拓し更に農業近代化諸施設を整え開拓事業完成の成??修めるに至った
とき たまたま時勢の推移に伴い開発地域の変貌あ??思い入植二十周年を記念しその業蹟を永く後世にと??る為組合員の氏名を刻し慈に開拓記念碑を建立する
昭和四十年九月十五日 篆額 千葉県知事 撰文 長沼原開拓農業協同組合」
篆額=てんがく 碑など上部に篆文で書いた題字

社殿は倉庫の中に納まっているようである。
143_3392.jpg
祭神と社殿
143_3393.jpg
二宮尊徳と菅原道真。勤勉と学問。うーん、日本の精神の象徴かもね。
文献「348 千葉いまむかし 並木啓次さんのお話 21 2008」にこんな写真が添付されている
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昭和23年の第1回開拓際の写真である。注目したのは後ろの右、中央、左の大団扇の絵柄である。
豊後梅鉢紋に見える

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142甲大神(宮野木町・千葉市)

2012.06.20 10:50|千葉県千葉市花見川/稲毛
甲大神=かぶとおおかみ。
【祭神】火産霊命、大穴貴己命、菅原道真、龍神稲倉魂命、猿田彦命、大山祇命、月讀命を合祀す
【由緒】 ・・・。江戸時代以前には当地に甲大神以外の小さな社祠が各地区に数多く御鎮座されていましたが、時代の流れに従い明治43年4月4日に、当神社に合祀奉遷され、同域内にお祀り申し上げています。・・・
・・・
【行程】住宅地の奥まった所を想像していたが、市道の沿いで角地にあり、木々が小さな森になっていた。
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参道の左手に案内板があります。
142_3391.jpg

境内には多くの古木があるが、このタブノキは一際大きい。
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141熊野神社(小中台町・千葉市)

2012.06.20 10:20|千葉県千葉市花見川/稲毛
【祭神】速夫之男命、保食之命、菅原道真、伊邪那美命、事解男命、猿田彦命、素戔嗚命
【由緒】当時の都賀村字下田に鎮座していた天神社を明治42年1月26日この神社に合祀した。
【神紋】不明
【行程】住宅地の中に木々が鬱蒼と、そして、その背後に、木々に囲まれた小さな公園がある。昔の境内は相当広かったかもしれない。
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階段を登って、あるいは右手の公園の方からも参拝できる。
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紋章は確認できない。

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tag:総武線

140天神宮(御嶽神社内 前原東・船橋市)

2012.06.18 18:10|千葉県船橋・習志野市
【祭神】菅原道真 と思われる
【鎮座地】船橋市前原東五丁目43番1号
【拝路】成田街道の西側、住宅地の中にある。
この辺の住宅地は、道が狭い。離合が出来ない所が多いので注意が必要である。

とにかく、結果的に裏からの参拝になってしまった。境内の森の後ろ側である。写真の突き当りを右にフェンス沿いに、学校との境の狭い道を進むと境内に入れる。
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参道の中途から入ったようである。参道はひどく長いらしい。右手は駐車場になっている。
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階段を登ると本殿がある。その左手に境内社が見える。
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小さな祠で、御神体や紋章も確認できないが、右から四番目が天神様と思われた。屋根もないので風雨による損傷が激しい。
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tag:新京成線