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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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226天満宮(四社大神内・佐倉市)

2012.10.31 13:45|千葉県佐倉市
【祭神】菅原道真
【由緒】大正初期にはすでに境内社としての記録がある。
【行程】京成線ユーカリが丘駅の自動改札を左にでて、右手の方にユーカリが丘線がある。三両編成くらいの小さなモノレールに乗り、女子大駅をおりる。駅前には小学校があり、これを左に見ながら進む。百mほど歩くと左に入る道があるのでこれにはいりさらに百mほどで左右に走る道につきあたる。駅からここまで10分程度あるが、風景は一変しいっきに田舎の様相を帯びてくる。これを右にゆくとその先に大きな案内板がある。
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再度場所を確認し、この道を進む。道なりに15分ほどで神社の前に出る。それにしても大きな石柱である。
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境内はかなり広く、木々も鬱蒼とした感じである。境内社は本殿の後ろにあった。
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天神様はこの祠である。
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表札のような石版で天満宮とある。
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左手には「菅公一千年祭記念碑」が建っている。
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ところで祠の左右に突き出ている横木は何であろうか。
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tag:京成線

225天満宮(春日神社内・佐倉市)

2012.10.31 11:50|千葉県佐倉市
【祭神】菅原道真
【由緒】宮武氏によると(32)、この天満宮は江戸時代、下志津にあった斎藤塾という私塾の筆子たちが建立したものである。四街道市史では万延元年(1860)の建立としている。承応(じょうおう)二年(1653)斎藤佐渡掾藤原貞恭が神官に補職した際、近隣の青少年に読書と算盤を教えたのが私塾の始まりであると言われている。建立の経過は222高正天満宮とちょっとダブルところがある。
【行程】224天満宮を志津駅の方に引き返し、志津駅の南を佐倉方面に向かう県道を東に進む。広めの歩道があり走る車も少なく天気もいいので晴れやかな気分で進むことができる。車のディーラーを右に見、橋を渡る。一応橋の手前の道を北に進むとユーカリが丘の駅であることを確認する。コンビニの先の信号を右折する。歩道は狭くなり、走る車も少なくなり、坂道が迫り、木々が視野に入ってくると、大体常にそうであるが不安が目を覚ましてくる。坂は左にカーブし、上りきったあたりの左にお寺がある。これが報恩寺らしい。この裏に目指す神社があるはずである。左に入る道を進むと社叢らしき杉の梢が見える。
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社殿の右手に石碑がある。天満宮とあり、基礎の所に「筆子中」と彫られている。
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これまでとちょっと変わった造りをしているので気になっていた。上記の由緒は後日、たまたま知ることができたものである。石柱の後ろに斉藤對馬頭 藤原貞盛とある。
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224天満宮(天御中主神社内・佐倉市)

2012.10.31 11:00|千葉県佐倉市
【祭神】菅原道真
【由緒】文政十二年(1829)創立(四街道市史)
【行程】天御中主=アメノミナカヌシ。京成志津駅の南口?を出発する。
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駅前の道路を直進し、「志津駅南側」の交差点を渡り、住宅街に入り、次の交差点を右に曲がる。ややきつい坂道になり、四街道方面に向かう県道155が見えてくる。ここを左折する。歩道がなくなってきたので車に注意。数分も歩くと右手にはいる小さな道が見え、その先の森が、神社の社叢らしい。
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小道は下って行くので、神社は小高い塚の上にある。階段の左には大きなケヤキがある。
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社殿の左にある祠が天神様であるらしい。
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正面は天満宮とあり、右側面に菅原道真とある。
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tag:京成線

223天満宮(山野浅間神社内・船橋市)

2012.10.25 16:30|千葉県船橋・習志野市
【祭神】菅原道真二柱
【由緒】明治41年諏訪社・天神社・妙見社を合祀
【神紋】星梅鉢(石祀の屋根)
【鎮座地】千葉県 船橋市 西船1-5-7 山野浅間神社境内


どうやら眠っていたらしい。鬼超の駅は既に通り過ぎてしまったようだ。市川に用があったのだが、・・・しばらく考えて海神で下車することにした。こういう時にカードの便利さを痛感する。駅を降りて14号に入り、西に向かう。行きかう車は多いが歩道が整備されているので問題はない。問題は場所だけであったがそれもすぐ解消された。浅間神社のバス停があり、その右に石柱も立っていた。
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歩道が参道に続き、その先に階段が見える。階段を上ると長い長い参道で、社殿が見えないので不安になるほどである。
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参道は大きな塚の稜線を歩いているようで、両サイドは松の木の古木で、周辺の宅地とは隔絶したような雰囲気がある。ほどなく右手に手水舎が見え、その先に境内社を祀っていると思われる祠がある。
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左から三番目に天神様が鎮座している。
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屋根に紋章は刻まれているので間違いなかろう。
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ここの松の樹皮はひときわ印象的である。
223_4227.jpg
【キーワード】

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222高正(こうしょう)天満宮(氷川神社内)

2012.10.25 15:00|東京都足立区
【祭神】菅原道真
【由緒】境内に入って左手に石碑があり、この天満宮の縁起が刻まれている。読みづらいので案内板から簡単にまとめてみる。「千住四丁目の名主高梨信平は地域の子供たちに読み書きなどを教えていた。縁故を頼って屋敷内に住むことになった正木昌房に、老齢の信平は子弟教育を託し、代々信奉していた菅原道真の像を譲った。正木氏はそれよりこの像を家神として祀り、子弟教育を家業とするようになった。
昌房の孫、正木健はこの菅原道真像を個人で祀るより、氏神社で祀ることを思い立ち、高梨氏と正木氏とに関わるこの神を高正天満宮と号することにしたという。正木氏は、昌房以来、代々寺子屋「群雀堂」の経営にあたり、二代目塾主、大助(正木櫟蔭)の代には大いに発展し、来塾するものが毎日百人ほどもいたという」
【行程】北千住駅の西・北にある。
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境内の左手に石碑があり、案内板が置かれている。社はないのかと思って、本殿の方に回ってみると、その左側の小さな祠に祀ってあります。境内社の鳥居の先にありました。
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他の境内社とともに祀られていました。
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221天満宮(千住神社内・足立区)

2012.10.25 09:40|東京都足立区
【祭神】菅原道真
【鎮座地】千住宮元町24-1
【由緒】足立風土記録を読むと、明治6年に末社として北野社があったようである。他に片葉天神社を合祀との記述もあるが、本殿の祭神に道真の名前はない。この北野社に片葉天神社が合祀されたとも解釈されるが、明確ではない。また片葉天神社は関谷天満宮とも言われているので、著者の勘違いかもしれない。あるいは本社(本社は元は氷川神社であった)と仲町氷川神社との間に確執があったのかもしれない。
【行程】京成の千住大橋駅を日光街道に出て、北上する。ほどなく墨堤通りの交差点に出る。
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ここを右に行くと148関谷天満宮になる。このまま北に向かい千住警察署入口の交差点を左に住宅地入ってゆく。100mも行くと左手に千住神社が見えてくる。参道を囲む朱色の神灯が印象深い。
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本殿の右に境内社が祀ってあり、
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そのなかに小さな祠がある。
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天満宮の神額がある。この社が北野社であろうか、あるいは片葉天神社か。

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220菅原神社(下高野・八千代市)

2012.10.18 13:00|千葉県八千代市
【祭神】菅原道真公
【由緒】元和四年(1618年)戌牛正月(168)。
【例祭日】10月9日
【鎮座地】八千代市 下高野115【神紋】梅鉢
【行程】219天満宮を後にして本社をめざす。小雨模様で、最悪とまではゆかないにしても、歩きの行程はつらい。コンビニで弁当を購入し、途中の小さな工場の軒先を借りて食し、しばし休憩の後、歩を進める。風景は里山と田んぼに変わり、歩道のない車道を、車と小雨に注意しながら進む。
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小さな橋を渡ると道は坂道になり、台地の上に向かう。歩・歩・歩・歩・・。
左にペットの霊園があり、その先にT字路の交差点がある。その右向こうに社叢らしきものが見えてきた。
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この神社は下からよりも台地の上からの方が行きやすいのではないかとおもわれるので、この道を先に進み、100mほど先の右に入る道を社叢の方に向かう。案の定、道は森の中に入り、右手にそれらしき鳥居が見えてきた。ここでも神額の朱色が鮮やかで心に浸み込む。
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拝殿に比べて社殿はこじんまりとしているが絵馬や酒などが備えられているので参拝者が多いのかもしれない。
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境内、参道は深山幽谷の趣がある。
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219天満宮(上高野・八千代市)

2012.10.18 12:00|千葉県八千代市
【祭神】菅原道真 と思われる
【鎮座地】八千代市 上高野283 駒形神社内【神紋】星梅鉢(飾り物)
【行程】七百餘所神社からおよそ1.5km西にある駒形神社を目指す。ここに境内社としての天満宮があるらしいからである。いったん元来た道を南に向かい、西へ向かう道に入る。ここから16号までは歩道がないのでちょっと歩きには適さない。16号を歩道橋で渡り、しばらく行くと多くの学生の姿が見えてくる。
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さらに西へ向かい、コンビニのある交差点を北に進路を変える。目的地が近づくと段々さびしい風景に変わってくる。219_4165.jpg
この緑のトンネルを抜けると右側に見えました。
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小さな祠を想像していましたが、専用の鳥居があるとは思わなかった。それに、朱色が鮮やかで、寂しい心を元気にしてくれる。神社でよく見るこの色には特別な力があるらしい。
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祠には紋章がなかったが、ここに飾られている??(これなんって言うのだろう)に星梅鉢の紋章が見える。
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218菅原神社(七百餘所神社内・八千代市)

2012.10.18 10:55|千葉県八千代市
【祭神】菅原道真 と思われる
【由緒】七百餘所神社は弘安年中(1280年前後)の創建とある。菅原神社に関しては不明。
【鎮座地】八千代市 村上 七百餘所神社内
【行程】東葉高速線の村上駅を出発。すぐに158天満宮のある根上神社を右にみ、ホームセンターを左に回り、16号を渡り、柏方面に歩く。コンビニを左折し旧道の方に入る(後で考えるとこのまま16号を直進してもよかった)。一応ちゃんとした歩道があるので、危険は感じない。車の通りは多い。ほどなくガスタンクがみえてくる
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ここまでは下りであるが道は上りになる。歩道の幅もちょっと狭くなり、当然こんな所を歩いている人などおらず、いろいろ雑念を考えながら歩く。道はフラットで直線になり、七百餘神社の参道との
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案内板があった。この写真の突き当り付近が目的地となる。

今日は曇りで湿気がたかいので、神社には薄く霧が立ち込めている。掃き清められつつある境内は荘厳で清純な雰囲気に見える。
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境内に入りすぐ左手に境内社があり、
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一番右端が菅原神社となっている。
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村上駅から約30分であった。


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217天神社(船橋大神宮内・船橋市)

2012.10.12 16:10|千葉県船橋・習志野市
【祭神】菅原道真
【由緒】江戸名所図会の船橋大神宮の挿絵に天神が描かれているので、1800年以前から祀られていたものと思われる。217_1.jpg
【鎮座地】〒273-0003 千葉県船橋市宮本5-2-1【サイト】意富比(おおひ)神社
【行程】大神宮の鳥居の前に立つと、基本的な構図は300年前に描かれた姿とほとんど変わっていないことがわかる。217_4149.jpg
鳥居をくぐり、階段を上って、踊り場の左手にあるはずであるがとおもいながら見るとそこには基礎が船の形をした社殿がある。ちょっと違うかなと思っていると、おそらく夕方のお賽銭の回収?にやってきたと思われる若い宮司さんがやってきたので聞いてみる。「そこの右手の社に祀っていますよ」。見るとたしかに右手に境内社の長屋がある。217_4148.jpg
数段降りて、さてどこかな、と思う間もなく、一番右手の小さな一間に天神社とありました。
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船橋は漁業の町でもあるので、商売繁盛も良いが、長屋住まいの天神様もちょっときつかろう。


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