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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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302葛西天神(葛西神社内 葛飾区)

2013.03.28 15:10|東京都葛飾・荒川・墨田区
【祭神】菅原道真 と思われる
【由緒】「風土記」にはすでに境内社として天神社の記載がある。従って1800年代の初期には存在していたと思われる。
【行程】金町駅から徒歩の圏内にある。神社の鳥居の下は桜が満開であった。
302_CIMG0121.jpg
境内は結構広く、天神社を探すのに苦労する。相変わらず探し物を見つけるのが下手である。天神社は本殿の右手に鎮座していた。
302_CIMG0124.jpg
後方から、葛西神社の本殿方面。
302_CIMG0126.jpg


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301天満宮(六木諏訪神社内 足立区)

2013.03.28 13:20|東京都足立区
【祭神】菅原道真
【由緒】「風土記」には記載がなく、明治12年(1879)に作成された「神社明細帳」に境内社・北野神社として記載されている。近隣で祀られていた本社がここに遷座されたと考えてよいだろう。
当時は、東京府管下武蔵国南足立郡六ツ木村字根郷、となっている。
【行程】六木小学校バス停から東へ徒歩で10分もあればよい。鳥居が南側(写真)と東側にある。
301_CIMG0120.jpg
本殿は一段高いが、境内社は本殿の階段の下左側に祭っている(写真では右側)。
301_CIMG0119.jpg
小さな祠が三つあり、右端が天神社と思われる
301_CIMG0118.jpg


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300北野社(天祖神社内 足立区)

2013.03.28 12:50|東京都足立区
【祭神】菅原道真
【由緒】「風土記」に末社として記載されていることから、文政五年(1822)にはすでに此の地に鎮座していた。
【行程】綾瀬駅からバスを利用する。バスターミナルがなかなか見つからず。結局東京寄りの高架下。東武バスで六木都住(たしか、ムツギトジュウ)行き。210円。六木小学校前下車。
いつの頃からか、この国の春は桜の国と化している。
300_CIMG0107.jpg
この先を左折する。みた感じが新興住宅地のような気もするが、足立風土記(27)によれば、神社の前の道は古くからの流山街道であるという。一の鳥居はその街道に面している。
300_CIMG0115.jpg
参道は相当長いので、昔の神域はもっと大きかったかもしれない。
天神社は、境内の左側に稲荷社とともに祀られている。
300_CIMG0108.jpg
右側が北野社である。
300_CIMG0109.jpg


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299天神社(西之宮稲荷神社内 足立区)

2013.03.28 11:20|東京都足立区
【祭神】菅原道真
【由緒】この辺りは昔、弥五郎新田と呼ばれており、三つの稲荷神社があった。東之宮は明治三年に、本田之宮は大正元年に本社・西之宮に合祀された。昭和20年五月の空襲で大半が灰塵に帰したが、天神社などを祭っていた三社殿は焼け残ったようだ。この三社殿は元々本田宮の本殿だったらしい。ただし戦後の復興の過程で、現在の三社殿は昔の西之宮の本殿に移し替えられたようだ。これらのことから、少なくても大正元年頃には天神社がここの境内に祭られていたと思われる。
【行程】東武五反野駅から五分~10分。
299_CIMG0106.jpg
左手、イチョウの木の下に三社殿とある。
299_CIMG0105.jpg
この中に水神社・天神社・鹿島社が納められているようだ。

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298舎人天神社(足立区)

2013.03.28 10:10|東京都足立区
【祭神】菅原道真
【由来】「創建年代に関する由緒は不明であるが、当社の歴史をものがたるものに、境内の盥漱石(かんそうせき)があり、寛延四年(宝暦元年・1751)九月の年号がある。舎人町・入谷村・遊馬村(草加市)の三ヶ町村の氏子が奉納したことが刻まれており、当社が舎人のみならず、近隣の人々の崇敬を集めていたことがわかる。また、文政五年(1822)に成立した江戸幕府編纂の地誌「新編武蔵風土記」足立郡舎人村の項に「天神社」という記述がある。現在の神殿は、昭和61年(1986)に改築され、本殿内には旧本殿が収められている。境内は約165平方メートル(約50坪)の広さがある。昭和の初め頃までは神楽が奉納され、神殿の前には観音堂があり境内を囲むように掘割がめぐっていたと伝えられている。・・・」(境内の案内板より)
【例祭日】10月25日
【神紋】梅鉢(鬼瓦)
【行程】この日の参拝から願い事が一つ増えた。古い友人が入院をしてしまった。手術の成功と完治を!。
舎人ライナーの終点でおり、ライナーの高架を南下すると、最初のガソリンスタンドの裏側にある。境内は松の木が印象的である。
298_CIMG0094.jpg
鬼瓦に梅鉢紋が見られる。小さな三脚と12.5倍の望遠で撮ってみる。こんな形の梅鉢紋は初めて?
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社殿から鳥居方面。
298_CIMG0100.jpg


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297北野神社(山田町・いわき市)

2013.03.19 12:40|福島県
【祭神】菅原道真 と思われる
【神紋】梅鉢(幕)
【行程】震災後、初めていわきに入る。よく思い出すと、いやそうではなかった。二回目だ。2011年3月17日早朝に磐越道から常磐道に入り、イワキを後にして南下し、安堵したのだ。

山野の景色には震災の影はないように見えるが、
297_CIMG0091.jpg
人々の生活には、震災、特に原発事故がいまだ強く影響している。生活の再建もままならない。
東電、政治家、官僚、科学者の責任は重い。

上の写真の鳥居は二の鳥居である。この道の後方に、川を渡って一の鳥居がある。
ここから数分歩くと社殿を見上げる階段に着く。
297_CIMG0085.jpg
階段には枯葉、枯れ枝が残っていて歩き辛い。
簡素な社殿が鎮座している。
297_CIMG0086.jpg
格子戸の隙間から中を見ると、梅鉢紋の幕がありました。

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296北野神社(青葉台・目黒区)

2013.03.14 13:00|東京都大田・目黒区
【祭神】菅原道真
【由緒】江戸名所図会には次のようにある。「同所駒場野、道玄坂より一町半ばかり東の方にあり。相伝う、往古この地の農民市平衛というもの、地を穿ちて小さき壺のうちより、印子の管神の像を感得せりといふ。ゆえに、此の地に宮居を営みて、鎮守に崇むるといふ」。当初は現在地よりもっと北の方、今の渋谷あたりにあったと思われる。尚本社は北目黒氷川神社が管理しているようで、もしかして295北目黒氷川神社の道真公は本社のものかもしれない。本社の参拝の方向に氷川神社がある。
【行程】大橋から首都高速を上に見て山手通りに入り、目黒川の手前を左に入る。菅刈小学校を左に見、菅刈?、菅刈公園(西郷の別宅跡らしい)を過ぎ、・・・、キンケロシアター、奇妙な名前である。それでも映画を上映しているらしく、中に入ってゆく人々がいる。その前に神社がある。
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突き当りの右側に小さな神社がある。
296_CIMG0073.jpg
社殿の石の壁に彫られたボタン?、フヨウ?がユニークである
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参拝の後、目黒川の花芽時の桜を楽しみ、
296_CIMG0078.jpg
橋を渡った先のマ・モールで究極の親子丼を食して帰る。
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295上目黒氷川神社(大橋・目黒区)

2013.03.14 12:30|東京都大田・目黒区
【祭神】素戔嗚尊・天照大御神・菅原道真
【行程】地下鉄半蔵門線は東急田園都市線に入る。この電車は池尻大橋は通過らしい。次の三軒茶屋で下車し、上りに乗り換えて池尻大橋を下車する。西口を地上に出て、玉川通りを東に向かう。五分程度であったか、いきなり左手に鳥居が現われる。
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階段を上り境内に入る。振り替えると、ビルに囲まれ、正面には首都高速の高架が見える。
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社務所の前に楠の大木がある。
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下の通りは人通りで賑わっているが、境内はシンとしている。


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294子安天満宮(北大塚・豊島区)

2013.03.09 14:50|東京都豊島・板橋区
【祭神】菅原道真
【例祭日】5月25日
【由緒】天文年間(1533~1555)の鎮守。室町時代天文年間に巣鴨保坂氏の祖先、仁平(にだいら)三河守盛義(新編武蔵風土記???の項参照)が三河の国から(一説には京都から)この巣鴨の地に来て、当神社の西方低地谷端川のほとりに陣屋と称する家屋敷を構え、巣鴨村??の住人となって(駒込圓勝寺の墓石参照)土地の開墾に勤め、同時に屋敷の東西南北の小高い場所に神々を祭って屋敷神とした。北は氷川神社(北大塚一丁目38番八号の辺り)、南は熊野神社(南大塚三丁目39番五号の辺り、現在は天祖神社社内に移る)、西は稲荷神社(北大塚一丁目???の辺り、又は同二丁目33番の辺り)、そして東に勧請したものが菅原道真公を祭るこの神社であり、最も広く、明治時代は坂の下の道迄??坪の境内地を擁した。盛義は元亀二年(1572)に没し、????やめて姓を保坂と改め、代々徳右衛門と名乗るようになり、やがて江戸に徳川幕府がおかれ、中仙道の往来がしげくなるにつれ、陣屋をすてて中仙道筋に移り、永く増上寺領巣鴨村の名主を勤めた。保坂氏の子孫は絶えることなく、当神社の奉仕を続けて今日に至っている。尚この辺一帯の土地を天神山と唱えるのは、この御宮に来するものであり、社号に子安の二文字を冠するのは子育ての意味である。当神社は江戸時代の江戸惣鹿子名所大全、須原屋版分間大絵図等にも登場され、江戸名所図会の巣鴨真性寺の遠景にも描かれている。平成16年五月 菅原神社
(注)?は原本が不明なのでなく、デジカメの写真が逆光でよく見えないため。
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江戸名所図会の巣鴨真性寺(本社の500m北東)の背景に天神山の本社が描かれている。
【鎮座地】東京都 豊島区 北大塚一丁目7番3号
【行程】暖かい空気に誘われて、梅の花も満開では、と思い寄ってみました。いつもの裏からのお参りになりました。
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正面から。
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満開の梅の花でした。
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293天神社(三関・一関市)

2013.03.09 10:00|岩手・宮城県
【祭神】菅原道真 と思われる
【行程】JR一ノ関駅の東方の小山の北側に鎮座している。山際の道を進むと、山の方に進む小さな道を見つけた。段差をつけて整備されているが、ちょっと歩き辛い。当初、参道と思ったが、後に地図をよく見て見ると、この小道は、一関市街と天神社の東にある団地を結ぶ近道的色合いが強いかもしれない。
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少し開けてきて、前方に住宅地が見えてきたところで、右側に社殿見える。
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神社らしくないが、天満宮と書かれた扁額が寄進されている。「菅公千年祭」の石碑もある。
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後で、気付いたのであるが、この神社には鳥居がない。

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