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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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347天神社(山王神社内・佐倉市)

2013.05.17 12:30|千葉県佐倉市
【祭神】菅原神
【由緒】明治四十二年時点で、山王神社の境内社として存在する。
【行程】51号の交通量は半端でない。この先に佐倉インターがあることもあってか、渡るのに苦労する。・・・。
国道の東側に渡ると、また穏やかな風景に変わり、数分走って、左手直線道路のはるか先に鳥居が見える。
347CIMG0489.jpg
静かな境内を進むと社殿の左側に境内社の一群が並んでいる。
347CIMG0490.jpg
天神社は右から二番目である。
347CIMG0491.jpg
【キーワード】浅間神社、諏訪神社

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431天神社(諏訪神社内 木野子・佐倉市)

2013.05.17 12:10|千葉県佐倉市
【祭神】菅原道真
【由来】御手洗は享和三年(1803)奉納のものらしい。という事はその当時から諏訪神社の境内社として祀られていたということか。
【行程】市道に面しているので迷うことはないが、いきなり鳥居と参道が並列に並んでいるのには驚いた。右が諏訪神社、左が金毘羅さんになるようだ。金毘羅さんは境内社の位置づけのようであるが社殿は立派である
431CIMG0485.jpg
さて、天神さまはどこに?
左手には五社小さな社がある。手前は蠶影神社、最奥は熊野神社となっているので、天神さまはこの間の三社のいづれか、右側の四社どれかであるが。
いづれにしても、しるしが確認できなければ、この日は保留とするしかない。
・・・
・・・
とある図書館で根郷風土記を見つけた。その108ページに諏訪神社境内図が記載されており、その中に天神を確認する。
431haitizu.jpg
これに該当する祠がこれになる(右)。御手洗が前にあり記述と一致する。根郷風土記では鳥居もあったと記されているがどこに行ったか。社頭の左側の鳥居がそれなのか?
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諏訪神社の当初の境内社は金刀比羅神社と天神社であったが、その後他の神社も祀られたようである。



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430北野神社(浅間神社内・佐倉市)

2013.05.17 11:30|千葉県佐倉市
【祭神】菅原道真
【由来】小篠塚の鎮守は大篠塚の麻賀多神社であったが、昭和三十六年の火災で神社が焼失したため、浅間神社を鎮守とした。北野神社は、もと字田端にあった。田端は小篠塚の中心で浅間神社もここにある。従って同地区あった北野神社を浅間神社内に、火災のあと移転したと考えるのが筋であるが?。
【行程】田端は北総台地を背に、南面に開かれた集落である。北風と西風が台地で遮られているので非常に居心地の良さそうな地区である。集落に東から入って正面にお寺らしき建物が見えるT字路まですすむ、が目指す神社は見つからない。左に小さな公園があり、大きな柳の木陰で、おばあさんと言っては失礼だが、相当年配のご婦人が三人話をしていたので、聞いてみる。浅間神社は、来た道の消防署の角から上がった方だという。天神さまを御存知かと尋ねると、この地区では昔、天神講で遊んでいたことがあるという。礼を言って引き返す。
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途中一休みして、鳥居の前。
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境内には祠や石祠があるが、識別できるものがなにもなく、さて北野神社はどれか?
347CIMG0483.jpg
とりあえず浅間様にお参りして、先ほどの公園に返したが、誰もいない。
・・・
・・・。
半年後。
ワンフロアーだけの小さな図書館の最奥の角に郷土コーナーがある。ここに深緑のカバーの手作りの郷土誌、根郷風土記。この87ページにこのようなものを見つけた。この書籍を編纂した人々に感謝。
430haitizu.jpg
念ずれば通ず。


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346天神社(神門神社内・佐倉市)

2013.05.17 11:00|千葉県佐倉市
【祭神】菅原道真公
【由緒】印旛郡誌に神門神社の境内社として記載がある。
【行程】神門=ごうど。51号の神門の交差点を千葉方面に向かう。歩道は狭く、国道は大型トラックが頻繁で、注意しながら進む。道は下り坂である。数分も走ると右手に鳥居が見えてきた。自転車を神社裏の広場に置き、裏手から境内に入る。
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すぐ右手の小さな祠が天神社であった。賽銭箱に梅鉢紋が見られる。
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【キーワード】老夫婦、信仰

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345天満宮(岩富熊野神社内・佐倉市)

2013.05.17 10:30|千葉県佐倉市
【祭神】菅原道真公
【由緒】明治四十三年岩富村字峯の天神社を合祀す。
【行程】佐倉から八街方面に向かう国道が90度東左折する所に岩富の集落があり、熊野神社はその北西に位置している。従って通常のルートでは神社には、開けた東方面から入ることになる。
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境内の西側奥に境内社が祭られている。
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天満宮は右から三番目になる。
345CIMG0473.jpg
【キーワード】電動自転車、レンタルバイク、手術

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344管大臣神社(下京区)

2013.05.10 12:40|京都市下京・南・右京区
【祭神・由緒】
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【鎮座地】京都市下京区菅大臣町189
【行程】高辻通りを北上して仏光寺通りに入り、西に向かう。たしかこの通りは壬生の方へ向かうはずである。狭い通りを歩いてゆくと左手に鳥居が見えてきた。
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鳥居をくぐりさらに進むと左手に鳥居とその先に社殿が見えてきた。
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手水鉢の奥に撫で牛が一体。
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前から
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南門に向かう左手に一体
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前から
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社殿の右手に一体。
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前から
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雨音が強くなってきた。
【キーワード】オデン

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343匂天神(下京区)

2013.05.10 12:40|京都市下京・南・右京区
【祭神】菅原道真公
【由緒】祭神は菅公にして往昔祇園祭旅所大政所の敷地に勧請の年月詳かならすが明治年間洛中神二十五社の一と称せられました。又当地???子?明治二年六?匂天神町と改称・・以?に至る。学業成就の神として多数祈願届が有りその霊験???あらたかと云われます 祭主
【鎮座地】京都市下京区烏丸通高辻東入る匂天神町
【行程】京都駅のバスターミナルで烏丸方面に行きたいんだが、と尋ねると、今はそちら方面のバスはなく、地下鉄を利用して下さいとのこと。遠回りになるかもしれないが河原町方面行きのバスに乗りに河原町松原で下車し、高辻通りを西に向かう。日航のホテルが見えてきて、ボチボチこの辺だな、と思いながら、小さな祠と聞いていたんだがと思いながらホテルを一周してしまった。見つからないのですぐ先の交差点の方に歩いてゆくと、すぐ右手に格子の中に、右下に匂天神の石碑がありました。
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新鮮な御花が供えられている。京都では珍しい梅鉢紋が見られる。
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【キーワード】格子、ホテル日航

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342大豊神社(左京区)

2013.05.10 11:00|京都市左京・中京・東山
【祭神と由緒】
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【鎮座地】京都市左京区鹿ケ谷宮ノ前町1
【行程】京都駅で500円で一日バス券を購入し、バスナビのマップを片手にバスに乗る。宮の前で下車し、予報では午後になるはずの雨がポツポツ落ちだしたが、雨具を用意していないので、雨の京都も情緒ありと歩を進める。少し雨に濡れた参道と新緑が気持ちいい。
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哲学の道を左右に見、緩やかな坂道の上に割と小さな社殿があった。
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【キーワード】小雨、新緑

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341綱敷天神社(神山町・北区)

2013.05.09 17:30|大阪府大阪市北部
【祭神】嵯峨天皇・菅原道真公
【由緒】
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【鎮座地】大阪市北区神山町9-11
【行程】露天神社から北上す。すでに日は落ちている。曽根崎東の交差点を右折し、大融寺を右に見、その先の交差点を渡り、狭い商店街というか歓楽街というか、を急ぐ。右手に鳥居が見えてきた。前回は遅くなりすぎ閉門されていたので参拝できなっかった、が今回は空いているようだ。女性の方が門扉にペンキを塗っている。
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境内に人気はない。
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右手に撫で牛が一体。
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前から
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さらにその奥に小さな撫で牛が一体
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前から
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社殿の後ろにこんなパネルが置いておりました。
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【キーワード】閉門、繁華街

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340露天神社(曽根崎・北区)

2013.05.09 17:05|大阪府大阪市北部
【祭神】少彦名大神・大己貴大神・天照皇大神・豊受姫大神・菅原道真公
【由緒】社伝によれば、創建は壱千百有余年を遡り、文徳天皇の御代、嘉祥三年(850年)に定め給いし「難波八十島祭」の旧蹟にも数えられ、「住吉住地曽弥神」を祀ると伝えられる。往地此の地は曽根洲称する孤島にて、曽根洲、後の曽根崎の地名はこのご神名より起こる。平安期、渡辺十郎源契来りて入植せしより、渡辺??族を始め移植の民次第に増し、曽根崎村へと発展し、当社も産土神「曽根崎天神」として尊崇された。現在も梅田、曽根崎地区の鎮守として信仰を集めている。昌奏四年(901年)菅原道真公筑紫に左遷配流の途次、当地を過ぎ給う砌、境内の草木露深ければ 露と散る 涙に袖は朽ちにけり 都のことを 想い出づれば と詠ぜられ、菅公大宰府にてご他界の後、その遺徳を偲び奉り合祀し、右の御歌より「露ノ天神社」と称する。(社名の由来その他諸説有り)元禄十六年四月七日堂島新地天満屋抱えの「お初」と、内木町醤油問屋平野屋の手代「徳兵衛」、当社「天神の森」にて情死し、日を置かず時の戯曲作家「近松門左衛門」により「曽根崎心中」として劇化された。以後上演の度、男女身分の差無く多数の民衆観劇し、挙って当社に参詣慰霊に訪れたと云う。「お初天神」と通称される所以である。平成四年十月吉日 宮司 記
【行程】梅田方面からお参りすると、曽根崎の商店街を抜け、この北口に着くらしい。後で知ったが東西南北それぞれに門がある。正門は南門のようだ。
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通路を入ると右手のガラスのケースの中に菅公と思われる像が陳列されている。台座に梅鉢紋が見られる。
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社殿にお参りし、
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境内を散策していると、西門の近くに撫で牛が。
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正面から。
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【キーワ-ド】曽根崎

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