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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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429羽屋天満社(羽屋・大分市)

2013.10.18 13:20|大分県大分市大分地区
【祭神】菅原道真
【由緒】「碑文 当社は現存する記録に依れば約四五0年前当時の領主(大友氏)の命により菅原道真公を御祭神として現在地に社殿を建立???来氏神?を民に篤く崇敬され明治?年神社法の制定位を村社に認定され今日に至る???昭和??本殿の改修拝殿???せ?????為め社殿の荒廃?しく氏神様としての??を????ふため住民有志の寄付金により?????を施行同年十月十二日改修??竣工七を盛大??う 茲に神社の沿革を記し記念碑を建立す 昭和五十年???日」境内の碑文より
【行程】豊饒天満社から大道バイパスを東に横断し、なんとなく雑然とした、歩道と車道の区別できない道を住宅地の方に向かって進む。指示された角を左折するとその先に鳥居が見えてきた。
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手水鉢の紋章は鮮やかな梅鉢紋が刻まれている。しめ縄まで彫られているのは珍しい。
429CIMG1404.jpg
その先十段ほどの階段の上に社殿が鎮座している。正面はスペースがないので側面から。左側が正面になる。
429CIMG1405.jpg
社殿の鬼瓦の紋章は変り梅鉢紋に見えるが・・・。
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428豊饒天満社(豊饒・大分市)

2013.10.18 12:50|大分県大分市大分地区
【祭神】菅原道真
【由緒】豊饒天満社は村民の願望により昔は字光屋に創建されていた 宮地が遠隔と底地のため参拝の不便と度重なる水害に住民は著しく心痛していた 明治十八年四月大分県令西村亮吉氏により村社に昇格した 崇敬の念に篤い住民の内より神社の敷地の寄進があったため明治三十年頃内蛙手一二八番地に新築遷宮されてそのためか以前の宮地跡を古宮又は元宮と呼ばれている 大正十三年大分市水道建設に伴ふ道路拡張により神社地を分与し移動されたもよう 以来天満社は年毎に老朽荒廃甚しく神社としての尊厳を著しく損うため昭和五十二年十二月町内会長宮総代住民の合意により神社の敷地を売却、その代金と住民の寄付金により豊饒字七反田三三四番地の一現在地に新築遷宮を待つのみとなる その間御神体は上野若宮八幡社に安置した 昭和五十四年二月竣功 遷宮の儀式は若宮八幡宮司阿部広氏により無事遷宮された 天満社の創設された時期は不詳 しかし安倍家 生野家の先祖の系図によると両家とも大友家の家臣 生野家の先祖は大友親勝(十八代)の御展医であったもよう 安倍家の墓標に「豊饒弾正正忠」慶長五年九月(1600)石垣原の合戦において討死とある 天満社の創建はその以前からあったものと思われる 尚 部落の中央には「火よけ地蔵尊像」の御堂がある 古い時代より傳はる地区の歴史を末永く守り大切にしたいものである 昭和五十三年十月吉日 贈 大分南ライオンズクラブ
【行程】大分市は難読の地名が結構あるが、この「豊饒」は秀逸である。「ぶにょう」と読むらしい。
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427畑中天満社(畑中・大分市)

2013.10.18 12:35|大分県大分市大分地区
【祭神】菅原神
【由緒】当天満社の創設された時期は不詳 祭神は菅原神 旧社殿は明治時代には拝殿の東南の位置に建立されていた その西側に楽屋と言って三十三平方メートル(十坪)位の平屋中央にいろりがあった。当時は三月二十五日春祭り七月二十五日夏祭り十一月二十五日秋祭り 春祭り日は神官を招き式典後は御幣神楽又は岩戸神楽を奉納 秋は霜月祭りと言って前夜祭「よど」はいろりで甘酒を作り参拝者に接待され徹夜で賑やかに奉仕したものであった 大正四年に隣接の土地を???が寄贈された そのお蔭で敷地面積も約一九八三平方メートル(六百坪)になり老人や子供の良き遊び場所となる 現在の社殿は大正六年に創建落成して御遷宮の式典を挙げた。社格を村社として寺社課より差し向けられた 同時に周囲に立派な玉垣ができた 又境内には数百年たった樹木がおいしげり村社としての風格がしのばれる 昭和五十五年六月天満社も老廃し雨漏りするため地区住民の合意協力ご支援により社殿拝殿の銅版屋根葺き替え工事内部の補修を含め六百数拾万??住民の寄付によりすばらしい天満社に生まれ変わった この改築に当り町内会長馬場静男氏が建設委員長となり建設委員三十名各組長が委員となり昭和五十五年十月無事見事に完成されて御神楽を奉納して住民と共に喜ぶ 当境内に庚申講碑が三基ある これは六十年に一面めぐりきた時に建立されたもよう 古い時代より伝わる地区の歴史を末長く守り大切にしたいものである 昭和五十年十二月吉日 贈 大分南ライオンズクラブ
【行程】町中にあって、広い境内が印象に残る。
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426明磧天満社(明磧・大分市)

2013.10.18 12:15|大分県大分市大分地区
【祭神】菅原道真・足仲彦命
【由緒】「当地に天満社の創建された時期は不詳、祭神は(菅原道真・足仲彦命)二神である。神社地は奥田字蛇堀??六番地にあった 当時のご神木は?八十?の年輪のある杉の大木であった ??には数百年たった樹木が神社の敷地に氏神様として部落住民の???的であった ご神木の年輪から見??禄年間に創建(1560)頃と思はれる 当初南向の村道に面していたが昭和十四年に県道(西向)に向きを変え社務所を併設した 当時の鳥居は現在の裏通りにある 昭和三十七年県道大道~明磧線新設により旧宮地を移転拡張して社殿並びに拝殿の改築をして現在に至る 特に毎年十二月二十五日の祭典には甘酒祭りを宮総代により現在も続けている 記録にはないが度重なる移転費用も住民の総意により創建されてきた 明磧と言う名称は橋の名で川向の下宗方に大明神を祭った石碑があった。その付近の河原を大明神のある河原(明がわら)と呼んでいた 昭和十二年発行大分市誌には天満社の所在地は奥小路この地区には祖先が残した史跡が多くある その歴史を大切に末長く守りたいものである 贈 大分南ライオンズクラブ」
【行程】明磧=あけがわら。鳥居が国道から見える。社地は国道からちょっと下がった所にある。
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ここの天井絵はまことに風雅である。こんなサイトもありました
その先にひさしぶりの梅花紋の色紙。(梅鉢紋もありました)
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右手には撫で牛が一体。
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前から
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425桑本天満社(玉沢・大分市)

2013.10.18 11:00|大分県大分市稙田地区
【祭神】菅原道真
【行程】雄城台からの急な下り坂、この坂道は369日枝神社に至る坂道に似ている。大きなショッピングセンターを抜け、国道に沿って歩いてゆくと、右手前方に社叢らしき小さな森が見えてきた。七瀬川の堤防の前から。社殿の正面にも鳥居がある。
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扁額に桑本天満宮とある。
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424天神社(雄城神社内・大分市)

2013.10.18 10:35|大分県大分市稙田地区
【祭神】菅原道真
【由緒】上組字石平(通称天神道)402番地の一に祭祀されていたが、平成九年八幡神社境内(ここの雄城神社のことらしい)に移祀したる。本社の参道は東か南側からなので、石平は、玉沢地区の方向にあると思われる。
【行程】雄城=おぎ。小さな台地の上にある雄城台高校を目指してゆくわけであるが、その生徒の通学用の自転車がその麓に無数に置かれている。という事は、この坂道を自転車で通うことは危険なのであろう。
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一度休み、右手の高校への入口を見ながら進むと、正面に社叢と思われる小さな森が見えてきた。
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天神社は本社の裏手に鎮座している。
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この小祠は天保六年(1835)の建立か。再建の銘が読めるので、創立はそれ以前か。
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423加久羅神社(木上・大分市)

2013.10.18 09:50|大分県大分市稙田地区
【祭神】水分神・菅原道真・ほか1柱
【鎮座地】大分県 大分市 大字木上920番地


バス停木の上峠の目の前にある。
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南側に回って正面から。空には一面の雲で、写真も暗く写ってしまった。
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後方からの写真。
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紋章を探してみるとここにありました。
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主神は水波能売命(水分神)のようであるが、天満社の色合いが強い。
【補足】2017年7月23日修正

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422愛宕社(床木・佐伯市)

2013.10.17 13:55|大分県佐伯市弥生
【祭神】迦遇突智命・別雷神・保食神・大国主命・三筒男命・天児屋根命・宇賀御魂神・天御中主命・菅原神
【行程】県道33号と東九州道との間の丘の上にある。水田の中のまっすぐな参道とその先の階段が印象的である。階段は200段ほど有るという。今回は北側からの尾根沿いの参道歩く。蛇が日向ぼっこをしていたのか、思わぬ出会いにビックリ。
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ゆったりした境内に大きな社殿が設けられている。
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社殿の左に大きな切り株のスライスを置いている。以前は大きな朴(ほお)の木がこの近くにあったらしくその幹であろう。
拝殿にこんな扁額が掲げてある。
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421天神社(水無・佐伯市)

2013.10.17 13:40|大分県佐伯市弥生
【祭神】菅原道真 と思われる
【行程】県道36号は東九州道とほぼ平行に南北に走っている。佐伯から津久見方面に36号を北上すると、高速道路の橋脚の間の丘の上に社らしきものが見える。
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床木川を渡り、細い参道を進む。右手に梅の古木があり、その先に急な階段。
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手すりがあり、景色もいいので気持ちよく登れる。
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社殿は改築されたものらしい。裏に鬼瓦?が一対置かれており、梅鉢紋が刻まれている。
丘の下の住人に聞いてみたが天神社との確証は得られなかったが、おそらく天神社に間違いない。
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420天満神社(色利浦・佐伯市)

2013.10.17 11:00|大分県佐伯市米水津
【祭神】菅原道真 と思われる
【行程】何人かの里人に聞いて、なんとかたどり着くことができた。集落の中は道が狭く、迷路のごとくである。
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民家に軒を接するように建っている。平成十年に新築したとの銘板が社殿内に掲げてある。小さな祠が祀られている。
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中をよく見ると像が二体。左手は道真公の妃か?
夫婦で祀られているのは初めてである。

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