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牛飼はじめ

Author:牛飼はじめ
浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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578菅原神社(国府津・小田原市)

2014.07.29 15:40|神奈川県西湘
【祭神】菅原道真 ( すがわらみちざね ) 天照皇大神 ( あまてらすすめおおみかみ ) 大山津見命 ( おおやまつみのみこと ) 木花咲耶姫命 ( このはなさくやひめのみこと ) 誉田別命 ( ほむだわけのみこと )
【由緒】学問の神菅原道真公を祭神と仰ぐ『当菅原神社は正歴五年(西紀九九四年)六月晦日の黄昏時納涼せんと海岸に里人が集うと、奇なる木船が汀に漂い来りて束帯せる一貴人が錦の袖にて招き給う。里人は之を招じて麦飯に麦粉をかけて饗す。其の夜里人の夢枕に貴人現われて告げて曰く、「京の管神を崇敬せば幸多からん」と。目覚むれば貴人の姿はなく菅公の肖像一躰(現存の神像)残れりよって之を御神体として神社を創建せり。』  神社は現在地であり昔時は諏訪の森と称し、諏訪社(西紀750年頃)があって之と合祀した。それで年々六月晦日を祭典の日と定め麦飯麦粉をかけて必ず之を神前に奉供した。又神輿は、相模湾岸に渡御し小総の里(後の古宇津宿現在の国府津)海岸で神事を行った。爾来思想文化の中心としてもてはやされ天神信仰の源泉となり庶民の教養を高めた。祭典日に関しては明治初年の改暦と共に七月晦日に改められ更に各天満宮の申合せで二十五日を祭日と決定した。因みに道真公は誕生日・右大臣就行日・大宰府赴任日・九州に於いて薨去の日何れも二十五日なので祭神の神霊供養のため月は異なっても二十日を祭典と決定、之に従い当神社では明治三十一年から毎年四月二十五日を祭典と定め現在に至った。尚、当神社の神輿は総重量二三〇〇キロありその優美さと佳麗なることは関東随一と称されて居る。古来当神社別当は安楽院であったが明治維新の神仏分離の法令により専属の神官が奉仕することになった。明治三十五年火災により社殿を全焼し明治四十二年復興され、又同年八月官令により、諏訪社及国府津全域に散在奉仕していた各柱を一同に合祀した。諏訪社・浅間社・神明社・稲荷社・日枝社 昭和五十二年九月 (境内の案内より)
【鎮座地】神奈川県小田原市国府津1752
【行程】東海道線国府津駅。
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境内右手に「とうりゃんせ」の歌碑。ここが発祥地らしい。
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社殿。
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左手に撫牛が一体。
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前から。
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さらに拝殿の左手にも撫牛?。彩色された撫牛はめずらしい。
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撫でることのできない撫牛。
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絵馬。
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577三嶋神社(上大井・大井町)

2014.07.29 14:55|神奈川県足柄上
【祭神】大山祇神 ( おおやまつみのかみ ) ・事代主神 ( ことしろぬしのかみ )・ 伊古那比売命 ( いこなひめのみこと ) ・大山咋神 ( おおやまくいのかみ )・ 伊耶那岐神 ( いざなぎのかみ ) ・弟橘媛命 ( おとたちばなひめのみこと ) ・白山媛命 ( しらやまひめのみこと )・ 菅原道真 ( すがわらみちざね )
【由緒】近隣の天神社を合祀したものと思われる。下大井に天神社が鎮座していたことが記録にあるようだ。足柄上郡誌(大正期)にはすでに祭神としている。
【鎮座地】神奈川県足柄上郡大井町上大井331
【ホームページ】三嶋神社
【行程】御殿場線上大井駅近く。
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576天神社(山田・大井町)

2014.07.29 14:20|神奈川県足柄上
【祭神】菅原道真
【由緒】寛永三年再興(1626年)の棟札が残されているようである。相当古くからこの地に祀られているようだ。
【鎮座地】足柄上郡大井町山田字大中1125
【行程】バス停浅間塔下車。左上の台地を目指す。ナビの指示通り行くも、だんだん草深き山道になってしまう。
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不安が消えぬまま山坂を歩いて行くと、やっと広い道路に出る。その先は道が空に向かい、谷を大きくカーブしている。高所恐怖でへっぴり腰で進む。特に歩道側は危険だ。この橋は光秀嶺美橋と言うらしい。
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なんとか橋を渡り、その先のトンネルを抜ける。やっと台地の上に、小さな集落を過ぎると社叢が見えてきた。
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神社は小高い所所に鎮座。左後ろからの参拝になってしまった。
576CIMG2820.jpg
右手の神楽殿に梅鉢紋を確認。
参道を南にぬける。鳥居の、道の先の空き地の花が涼やかである。
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高い橋はこりごりなので、帰りは別ルート。上大井駅を目指す。
丘の上の大樹の日陰で一休み。すでに過去となってしまいつつある軌跡である。
576CIMG2826.jpg
白い建物の下あたりが天神社になる。

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575寒田神社(惣領・松田町)

2014.07.29 13:10|神奈川県足柄上
【祭神】倭健命 ( やまとたけるのみこと ) ・弟橘比売命 ( おとたちばなひめのみこと )・ 菅原道真二柱・誉田別命 ( ほむだわけのみこと )
【由緒】 大正二年に天神社二社を合祀。(本社の北西に松田庶子という地区がある。ここに鎮座していた天神社二座を合祀)。
【鎮座地】神奈川県足柄上郡松田町松田惣領1767
【行程】バス停松田小学校で下車。(松田駅からでも徒歩圏内)。ここのバス停は高架の上にあるので下に降りる。由緒のありそうな道を西に向かいほどなく左折すると、高架の先に社叢が見えてきた。ここも後ろからの参拝となってしまった。
改めて正門から。
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574酒田神社(延沢・開成町)

2014.07.29 12:35|神奈川県足柄上
【祭神】伊弉諾命・吉備津彦命・大物主命・誉田別命・建御名方命・事代主命・日本武尊・大山祇命・天照皇大神・倉稲魂命・菅原道真
【由緒】明治四十二年に当時の酒田村の佐護神社・八王子社・八幡宮・諏訪神社・熊野神社・若宮等八社を合祀し、社号を改称(81)。新編相模風土記には、諏訪社、熊野社、天神社、山神社2柱、稲荷社(末社 山王)、西福寺(鎮守社 白山天神を合祀)とあるようだ。
【鎮座地】神奈川県足柄上郡開成町延沢465
【行程】新松田駅前の海鮮食堂?に入ったのだが、結局肉になってしまった。
タンパク・エネルギー・ミネラル・ビタミンそれと水分を補給
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ここの店のトイレは、これまで入ったトイレのなかでも一・二位である。きれいでいろんなアイテムを置いている。
ゆっくり食事をし、暑いのでバスの時間まで休憩。
・・・。たしか、大雄山方面行きのバスに乗り、酒匂川を渡る。アユ釣り人がポツポツ。
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開成小学校のバス停で下車。左の方に向かう道があり、その先に社叢が見える。こちらは神社の裏手にあたるので正面から参拝する。
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573長尾天満宮(怒田・南足柄市)

2014.07.29 10:40|神奈川県足柄上
【祭神】菅原道真 と思われる
【由緒】本社の北方約1.5kmに福澤神社がある。足柄上郡誌に、この福澤神社に村内の長尾天神社を合祀す、との記述がある。神奈川県神社庁によれば、現在の福澤神社には菅原道真は祀られていない。従って、一時期福澤神社に祀られていた天神社を、なんらかの理由で再び現在地に遷座したと思われる。怒田村は明治22年福澤村に合併されている。
尚、本社は神奈川県神社庁のリストにないようだ。
【鎮座地】南足柄市怒田2164付近
【行程】新松田駅前からアサヒビール神奈川工場行き、で朝日観音入口、下車。右側がバス通り。
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紅白の百日紅を見て右に。
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この地域は石垣が多いが、玉石の石垣が見事である。
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天神社はこの屋敷の裏手にある。
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右の小祠が天神社のようである。
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施錠されているのでガラス越しの参拝となった。

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572八幡神社(岸・山北町)

2014.07.29 09:00|神奈川県足柄上
【祭神】菅原道真・倉稲魂命・素盞嗚命・大己貴命・大山祇命・月夜見命・大山咋命・天児屋根命・建御名方命・木花咲耶姫命・大日ル貴命(以上神奈川神社庁より)。 境内の案内には以上のほか、応神天皇・白山彦命・白山姫命の記載がある。
【由緒】八幡宮は「往古は川村城内に在りしお梵天山下に遷し、その後現地日月宮の地に移したりという」(81)
【鎮座地】 神奈川県足柄上郡山北町岸1900。岸1778の南西50m。
【行程】室生神社から県道74に入る。ちょっとした登りになり、やがて左に小学校への分岐になる。この辺はすでに下りになって、その先に歩道橋。歩道橋を登るのは辛いので、車が切れる時を待って、右側に渡る。50m程進むと右手に鳥居と大クスが見えてきた。
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30段ほどの階段を登る
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帰途。山里にはすでに秋のきざしが。
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571室生神社(山北・山北町)

2014.07.29 08:40|神奈川県足柄上
【祭神】建御名方命 ・倉稲魂命・誉田別命・木花咲耶姫命・天児屋根命・弟橘姫命・速玉男命・素盞嗚命・大山祇命・日本武命・大日貴命・玉依姫命・大山咋命・大己貴命・菅原道真
【由緒】足柄上郡誌に「・・・天神社内に祠り、矢倉明神と合殿とす。」とある。文脈から想像するに、現在地に天神社があって後に他の神々を合祀し、社名を現在の社名とした。
【鎮座地】神奈川県足柄上郡山北町山北1200
【行程】御殿場線山北駅。後で知ることになったが、南方面の出口はこのホームの東京側にある。
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駅からゆっくり歩いて、右手に夏の富士を見ながら、
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10分ほどで社頭。
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「古木鬱蒼たり」(81)。
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扁額にも天神宮とあるが、なんと読めばいいのか。「?浦天神宮」

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570布多天神社(調布ヶ丘・調布市)

2014.07.16 14:35|東京都多摩北部
【祭神】少名昆古那神・菅原道真命
【由緒】延喜式(第六十代醍醐天皇の延長五(927)年に制定された法典)第九巻に名を列ねる多摩郡でも有数の古社である。もと多摩川畔の古天神というところにあったが、文明(1469~87)年間多摩川の洪水を避けて、現在地に遷座された。その折、祭神少名昆古那神に菅原道真命を配祀したと伝えている。
【鎮座地】東京都調布市調布ヶ丘1丁目8-1
【ホームページ】布多天神社
【行程】京王線調布駅。
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右手に撫牛
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前から
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そして社殿
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絵馬のモデルは牛と
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道真公。そうとう老けている。
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569穴澤天神社(矢野口・稲城市)

2014.07.16 13:50|東京都多摩南部
【祭神】正殿:少彦名命(正面) 相殿:菅原道真公(右)・大己貴命(左)
【由緒】考安天皇四年(前423)の創建にして、主祭神は少彦名命を御祀りした社でこの命は人民に医療法や造酒の術を授けられ、特に薬の神から健康増進の神として、また国土経営に偉功を遺された著名な御方であります。天正十八年(1590)に社殿を再建し元禄七年(1694)社殿の造営が行われ、その時菅原道真公を合祀され、公は古くより文学の神として親しまれ、広く仰ぎ祀られております。大正七年(1918)国安神社大己貴命(大国主命)を合祀、縁結、開運の神として以後崇敬されており、境内下三澤川右岸沿いに、横穴厳窟がありましたが、昔の厳窟は崩れ、現在の洞穴は二度目ですがこれがすなわち穴澤の起源であります。この洞窟内には元石仏の安置後も残っており、明治四年神仏分離の際、石仏像は当時別当職であった威光寺に移さられました。延喜式内神明帳所蔵載(延喜五年、905年撰上)に記されている古社で多摩八社の内一社であり、明治六年郷社に列せられました(境内の案内)
【鎮座地】稲城市矢野口3292
【行程】京王相模原線京王よみうりランド駅下車。西からの参道から、車道の参道にあたるようである。階段の参道もあるようだ。
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駅からゆっくり歩いて10分ほどで社殿に。
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紋章は梅鉢紋と巴紋の併用。
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このような神紋は132小野照崎神社でも見られた。
帰りは東側の階段を下る。がけ下に湧水。ご婦人によれば、生け花が長持ちするという。
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中央の参道に鳥居がある。
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