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浦々の天神様に大震災からの復興と家畜の安寧を祈っています。

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100天満天神社(古市場・川崎)

2012.04.19 13:06|神奈川県川崎市
南武線鹿島田を下車する。
腹ごしらえ、と思い、駅前のメインストリートを東にちょっと歩くと、とんかつ定食の看板。

とりあえす、これを食す。
店内は混んでいて店員は何か、遅くなるのを気にしているようであるが、こちらはそんに気はさらさらないのであるが。

むしろ店員がイライラしているような言動の方が好ましくないなぁ。

通りを東に歩く。
左手に鳥居が見える。その奥に社殿が。これが下平間の天満宮らしい。ここは帰りに寄ることにする。

第6児童公園前の交差点を右折し、住宅地の道に入る。ここの道は歩道が広く、ゆったり歩ける。
これまでいろんな道を歩いたが、一番快適かもしれない。ただし、足元が凸凹して歩きづらいのが難点である。

再び広い通りに出る。右手にちょっとした森があり、ここが天神様であった。
100_2798.jpg
天満神社由来の石碑がある。
「・・・・。
神社の鎮座は明らかでないが、安政二年江戸大地震に折損した初期の鳥居に刻まれた年号や古い文献より、約三百数十年前、古市場農民二十数戸の尊い浄財により村の氏神として建立されたものと推定される。当時の所在地は、多摩川大橋の上流約五十米の中央河川敷にあり幕府領であったが、明治以降、府県制の制定により東京府荏原郡矢口村古市場となり上台東部台地に一千余坪の神域を有し、萱葺きの神社であったが、境内には松杉の老木が生い繁り、尚毎年十二月二十五日には有名な古市場天神の市が開かれ、近郷より集まる者多く盛況を極めた。
しかし、社会の進展に伴い大正三年を最後に終止することとなった。
明治四十五年四月、神奈川県御幸村に編入され、毎年の洪水で荒廃した神社の大改修と境内の整備を行い、大正四年十月遷宮祭を執行した。現本殿前の大銀杏は当時篤志信者より奉納された記念樹であり、大きな樟は紀元2600年記念に国より拝受したものである。
大正九年一二月、多摩川大改修のため、神社も村の中心地に移転し整備された。
昭和一六年一月、大東亜戦争による東芝工場拡張のため、余儀なく現在地に移転した。
昭和三七年、度重なる移転で老朽した本殿、社務所を、古市場全町有志の浄財により新たに建立し、遷宮祭を盛大に執行した。尚この度移転した鳥居は、大正一二年の大震災で折損し補修してあったが、末永く保存すべく旧社後に移転復元し、更に社の由来を後世に伝えるため記念碑を建立したものである。」
100_2799.jpg
神紋は梅鉢。
100_2800.jpg
境内の樟と銀杏
100_2804.jpg


より大きな地図で 天満宮散策 を表示

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